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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3

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「権八郎っ!? どこに行くってんだよっ!」
 禰豆子たちの声を背に、炭治郎は高らかに呪文を唱えました。

「一二三四五六七八九十の十種の御寶!!」

 すると耳飾りがきらきらと光り輝いて、放たれた赤い光は見る見る間に集まり、一振りの刀となって炭治郎の手に収まりました。
 これで十種の宝──十の神の力が揃いました。遠い昔、神代の時代に強い力を持つ十柱が、邪悪の化身を追い詰めたときのように。
 炭治郎は刀なんて持ったことはありません。けれど不思議とどうすればいいのかわかっていました。
 スラっと刀を鞘から抜くと、炭治郎はとんっと地を蹴り飛び上がりました。
 ふわりと炭治郎の体が宙に浮きます。炭治郎は、叫ぶ禰豆子たちの声を背に、ためらうことなく柱たちと無惨との戦いのなかへ飛び込んでいきました。

「義勇さんっ!」

 大きく叫んで、炭治郎は義勇の隣に躍り出ると、向かってくる触手に刀を振るいました。ギョッとする義勇ににっこり笑って、お手伝いします! と元気に言います。義勇の狐面は戦いの最中に外れてしまったのか、見慣れた洋服屋さんのきれいな顔がそこにはありました。
「炭治郎、お前……」
「ちゃんとお手伝いしますから、ずっと一緒にご飯を食べて、ずっと一緒に眠ってくださいね、義勇さんっ!」
 笑う炭治郎を見つめ、わずかに泣き出しそうな顔をした義勇は、すぐに面持ちを引き締めて刀をかまえると、強い声で言いました。
「行くぞっ、炭治郎!」
「はいっ、義勇さん!」
 揃って振るう刀から、怒涛の水流と、眩いばかりの光の渦が放たれます。水と光は虹を生み、睦み合うように絡み合いながら、無惨へと向かっていきました。
 援護するように炎が、爆風が、唸る鉄鎖が、舞い狂う蝶が、無惨の触手を遮り薙ぎ払います。
 霞が湧き無惨の視界を遮り、疾風が触手を切り裂き、恋の矢のようにまっすぐに、または蛇のようにくねり放たれる斬撃が、水と光の渦に触手を近づけさせません。

「日輪……っ、日の神めがぁぁっ!! またもや私の邪魔をする気かぁぁっ!!」

 初めて感情をあらわにした無惨は、憤怒の表情を浮かべています。
 ドォンッ! ドォンッッ!! と、城が崩れていく音が轟きました。
 激流と化した水は光をはらみ、虹色にきらめきながら、無惨の胸を貫きました。
 絶叫が轟き、無惨の身体が玉座から転がり落ちていきます。無惨の体からは、どす黒い霧のようなものが噴き出していました。
「手を止めるなぁっ!! 畳みかけろっ!!」
 岩柱の声が響いて、柱たちの攻撃が一斉に無惨へと襲いかかります。
 崩れだした無限城は、禰豆子たちがいる扉付近も無事ではいられず、床が崩れて禰豆子たちの悲鳴が聞こえてきました。
 思わず振り返った炭治郎の視線の先で、大きな鳥が、何匹もの蝶が、禰豆子たちを救い出すのが見えました。無限城が崩れたことで結界が完全に消え、眷属も近づくことができるようになったのでしょう。
 しかし、『災い』たちもまた、夜の訪れとともに無惨を救わんと集まってきます。
 炭治郎たちが無限城にいるあいだに雪はやみ、夜空には月が白く輝き、数多の星がまたたいていました。けれど、どんなに美しい星空でも、眺めている時間なんてありません。
 無惨が糧を得て再生するのを阻みながら、襲ってくる『災い』たちを斬り祓っていくのは、並大抵のことではありませんでした。けれど、炭治郎も、義勇も、ほかの柱たちも、決して攻撃の手を止めません。
 眷属の少年少女も、柱たちの援護をし『災い』たちを撃ち抜き、斬り祓います。禰豆子たちを不思議な霞で覆い隠して、お面を被った子供が張り上げる声が聞こえてきました。
「祈ってっ!! 祈りが柱の力になるんです! 怯えや憎しみを捨てて一心に祈って! 負の感情は無惨の糧になっちゃいますから!」
「うわぁぁんっ、私も頑張りますけどぉ、期待しないでくださいねっ! 私、みそっかすなんですからぁ!」
「弱気なこと言ってんじゃないよ! こんなチビっ子がここまで体張って頑張ったんだ、私たちが頑張らなくてどうすんの!」
「大丈夫よ、私たちが決してこの子らに手出しはさせないから」
 音柱様の神嫁様たちも、禰豆子たちを守って戦ってくれています。
 義勇とともに刀を振るい続けながら、炭治郎は、ぶわりと体の奥から力が沸き上がってくるのを感じました。きっと禰豆子たちの祈りが届いているのでしょう。義勇もまた、放つ水流が激しさを増しています。
 禰豆子たちだけじゃありません。キメツの森中の動物たちが、きっと柱様への祈りを捧げていることでしょう。祈りは力となって、柱の攻撃はますます苛烈さを増していきました。
 対する無惨は、いまだ激しく抵抗していますが噴き出す黒い霧は止まらず、それによって力はじわじわと失われているように見えます。

 激しい戦いは夜を徹して続き、炭治郎の小さな体には、数えきれない傷ができました。ふさふさのしっぽも毛が千切れ、『災い』の術によってところどころ焦げています。けれど、炭治郎は泣き言なんてもらすことなく、義勇の隣で刀を振るい続けました。どんなに痛くたって、どんなに怖くたって、みんなを守るためなら力はどんどんと湧いてきます。

 頑張れっ、頑張れ俺! みんなを、義勇さんを守るんだ!

 自分を鼓舞しながら、炭治郎は必死に刀を振るい続けました。
 炭治郎が日輪の力を持つ光の束を放つと、それにあわせて義勇も清浄な水流を放ち、触れた『災い』たちは一瞬で塵となり消えていきます。生命の源である日と水の力が一体となり襲うのです、生命に反する存在である『災い』はひとたまりもありません。
 けれども首魁である無惨には、それだけでは足りず、何度となく光と水を食らっても、無惨の抵抗は止むことがないように見えました。

 いつまでこの戦いは続くのでしょう。幼い炭治郎の息が上がっていきます。義勇が庇ってくれるのですが、それでもすべての攻撃は払いきれず、炭治郎の体には傷が増えていきました。
 けれど、夜はいつまでも続きはしません。

「朝日だ……朝日が昇るぞぉぉおおぉおぉぉっっ!!」

 善逸と伊之助と禰豆子の声が、戦いの終幕を告げる言葉を響かせました。
 遠く、東の山の端から、ご来光がゆっくりと差し込んでくるのが見えました。
「炭治郎っ!!」
 義勇の声が響いて、炭治郎はそれだけでその意味を悟り、はいっ!! と声を張り上げました。
 同時に振り抜いた刀から放たれたのは、水と光の龍。二匹の龍は戯れるように縺れあいながら、一直線に無惨へと向かっていきます。

 そして。

 龍の顎門に囚われた無惨がもがく姿を、差し込む来光が照らしました。
 『災い』たちが絶叫を上げながら、光のなか、塵となって崩れていきます。
 その絶叫の渦をつんざくように、呪詛をはらんだ嘲笑が響き渡りました。

「水め……っ、日輪めぇぇぇぇっ!! 私は消えない……人が呪い、憎み、妬み、他者を害して喜びを得るかぎり、私はまた復活する!! 水の神、日の神よ、お前らが育む命など、いつか必ずや私がすべて滅ぼす日が訪れるぞっ!!」

 無惨の最後の嘲笑は、無惨の体が塵となり、風にさらわれるまで響き続けました。