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大好きのチョコ

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節分が終った二月の商店街は、赤やピンクで溢れていた。目に入るのは、そこここに飾られたピカピカしたハート型のバルーンやポップ、愛らしいラッピングのプレゼントを模したオーナメント。いかにも華やかで、見ているだけで楽しい気分になってくる。
 制服姿の女子中高生をはじめ、道行く買い物客は心なしかソワソワとして見える人も多い。楽しげな明るい声が聞こえてきたのはケーキ屋だろうか。アーケードはバレンタイン一色だ。
 そんな華やいだアーケードを、ランドセルを背負った杏寿郎はウキウキと歩いていた。吹き込んでくる風はそれなりに冷たく、吐く息も白いが、今日は日差しが暖かい。杏寿郎の足取りは軽かった。
 駅に近い大きなこの商店街は、杏寿郎の家や小学校からはいくぶん遠い。だから日ごろは買い物に来ることもないし、ましてやまだ小学一年生の杏寿郎がひとりで訪れたことはなかった。ここに杏寿郎がやってきたのは、今日で二度目だ。前に来たときには、母と一緒だった。急な来客の予定が入ったものの、いつも行くスーパーがあいにくと改装工事中で、しかたなしに茶菓子を買いに来た。
 あのときは、ハート型のバルーンの代わりにアーケードには七夕飾りが揺れていて、杏寿郎は商店街のスタッフに呼び止められて短冊を書かせてもらった。小学校の低学年辺りまでの子供には、みな書いてもらっているらしい。僕も書いていってと、スタッフのお姉さんは笑っていた。
「幼稚園でも短冊にお願いを書きました。ふたつもお願いしていいのですか?」
 ためらってお姉さんと母の顔を見比べた杏寿郎に、母はやさしく笑って、書かせていただきなさいと言ってくれた。
 幼稚園で書いたのは一番のお願い事だ。
『父上と母上が元気でいますように』
 とても大事なお願いだから、二番目のお願い事は我慢しなくてはと思っていた。だから、ふたつ目のお願いをしてもいいのだと言われて、とても嬉しかったのを覚えている。
 マジックで精一杯丁寧に書いた杏寿郎のお願いを見て、短冊を笹に結んでくれたスタッフのお姉さんはニコニコと笑っていた。叶うといいねと言ってくれたお姉さんに、元気よく「はい!」と答えた杏寿郎を見て母も笑っていたけれども、どこか恥ずかしげにも見えたのは気のせいだろうか。
 ともあれ、短冊に書いたおかげで、お願い事は次の夏には叶う。あのとき呼び止めてくれたお姉さんと、ふたつ目のお願いを書いてよいと言ってくれた母には感謝だ。叶えてくれた織姫さまと彦星さまにも。

 商店街にくるのは二度目だけれど、道はちゃんと覚えている。ひとりで買い物をするのは初めてではないけれど、いつもはスーパーやコンビニでだ。お菓子が売っている店を見つけられるかちょっぴり不安はあったけれども、ちゃんと見つけられたし、ひとりでもお店の人にお金だって払えた。バレンタインに父上たちにあげるのですと言ったら、お店の人は小さなリボンのシールだって貼ってくれた。なんの問題もない。首尾は上々だ。
 学校帰りの寄り道はよくないが、いつも母と行く近所のスーパーでは、お店の人が母に杏寿郎が買い物に来たことを話してしまうかもしれない。バレンタインまでは、杏寿郎がチョコを買ったのは内緒なのだ。それに、今日は去年までとはちょっと違うこともある。だからここまでやってきた。
 バレンタインは大好きな人にチョコをあげる日だ。だから幼稚園のころから杏寿郎は、父と母にチョコを買う。いつもなら母と買い物に行ったときに、一緒にお小遣いで買うのだけれど、今年のチョコは母上たちには内緒であげたかった。だって今年はもう杏寿郎だって小学生だし、ひとりで買い物ぐらいできる。おまけに今年のチョコはいつもより増えて三つだ。三つの小さなチョコはランドセルに大事にしまってある。

 長い商店街を抜けるべく意気揚々と進んでいると、キョロキョロと辺りを見まわしている男の子を見つけた。紺のダッフルコートを着た男の子の背丈は、杏寿郎と同じぐらい。
 あの子も一年生だろうか。だけど学校では見たことがない。商店街は少し遠いから、違う学校の子がいてもおかしくはないけれども、なんとなく気になった。
 よく見れば男の子はなんだか泣きそうな顔をしている。ずいぶんと不安げな様子だ。

 うむ、困っているのなら助けてあげなければ。母上や父上も、困っている人は助けてあげなさいといつも言っているものなっ。

 よし、とうなずいて、杏寿郎は迷わずその子に駆け寄った。
「君、なにか探しているのか? お店がわからないなら俺が一緒に探してやろう!」
 杏寿郎だって商店街のどこになんのお店があるのか知らないけれども、ふたり一緒ならこの子だって安心するだろう。そう思って言ってみれば、男の子は一瞬ビックリした顔をしたけれど、すぐにおどおどとした様子でうなずいた。
「えっと、買い物はしたんだ。でも、お姉ちゃんと錆兎と一緒に来たんだけど、はぐれちゃって」
 小さな声で言った男の子は、口に出したら不安がふくれ上がったらしい。青いきれいな目がウルウルと潤みだしている。
「もしかして、君は迷子か!」
「う……うん」
「それなら案内所で放送してもらおう! 迷子になったら案内所で名前を言って母上を呼んでもらうようにと、前に来たときに教えてもらったのだ。姉上たちをそこで呼んでもらえばいい。俺が送っていこう!」
 笑って教えてあげた杏寿郎に、男の子も潤んだ目をパチリとまばたいて、ホッとしたように頬を緩めた。安心してくれたのならなによりだ。
 案内所はアーケードの反対端に近い。家の方向とは逆だ。少し帰りが遅くなるかもしれないが、人助けのほうが大事に決まっている。どうしようと杏寿郎が迷うことはなかった。

「俺は煉獄杏寿郎、七歳だ! 君の名前は?」
「冨岡義勇。俺も七歳」

 やっぱり同い年だった。なんとなくうれしくなった杏寿郎は、義勇の手をギュッと握ると、さっきよりも明るく笑いかけた。
「手を繋いでいこう! また迷ってしまったら大変だ!」
「う、うん。ありがとう」
 手袋をはめている杏寿郎と違って、義勇は素手だった。杏寿郎と同じくらい小さい義勇の手は、ずいぶんと冷たい。
「君の手はかなり冷えているな」
「あ、ごめん。冷たいよね」
 あわてて手を引っ込めようとするから、杏寿郎は離すまいと力を込めた。
「またはぐれるかもしれないだろう? それに、こうしたらあったかい!」
 繋いだままの義勇の手ごと、自分のブルゾンのポケットに手を突っ込んで、杏寿郎は朗らかに笑ってみせた。はぐれてしまうかもという心配はもちろん本心からだけれども、義勇の手が冷たいことのほうが心配だったし、それ以上に、なんとなく義勇の手を離すのは嫌だった。どうしてなのかは、よくわからない。
 義勇はまたパチンとまばたきして、少しうれしそうにうなずいた。
「本当だ。あったかいね」
 
 ほわりと笑う義勇に、杏寿郎の胸がドキンと大きな音を立てた。
作品名:大好きのチョコ 作家名:オバ/OBA