霞の空と海の青
思わずガタリと立ちあがって、杏寿郎は後ろに座るクラスメイトへと振り返った。
「君! 冨岡先輩とは冨岡義勇のことだろうか!」
「そこ! 式の最中ですよ! 着席!」
キーンと耳に痛いハウリングとともに響いた怒鳴り声に、杏寿郎はパチリとまばたいた。声をかけられたふたりはびっくり眼(まなこ)をして固まっている。
「すみません!」
マイクをとおすよりよっぽど大きな声で謝罪し椅子に座り直した杏寿郎に、あちらこちらで忍び笑いが起きる。集まる視線も好奇心を隠さない。けれどもそんなものはちっとも気にならなかった。
早く式が終わらないだろうか。後ろの者たちは義勇が同じクラスだと言っていた。ならば杏寿郎ともクラスメイトということだ。これから毎日、教室に行けば義勇に逢える。
うれしさに胸がはち切れそうなほどだけれど、気を使うとはどういうことだろう。
義勇は教室にいると言っていた。今、義勇はひとりでなにをしているのだろうか。誰もいない教室で、ひとり、なにを思っているのだろう。
わからないことばかりだ。だがそれでも、ひとつだけはっきりしていることがある。
五年経った今も、やっぱり義勇はかわいらしくて、杏寿郎の胸にある義勇のことが大好きな気持ちも、素っ気ない態度をとられたってちっとも減りはしない。
「新入生、起立!」
響いた号令に、胸を張って杏寿郎は立ち上がる。今日から中学生。今日から、義勇のクラスメイト。
わからないことはいくらでもあって、義勇はあのころと違ってそっけない。
それでも。
列をなし講堂から出た杏寿郎の目の前で、桜が舞う。空は淡くかすんで、温かな風が吹いていた。いい日和だ。今ごろ千寿郎も、晴れがましく式に臨んでいることだろう。杏寿郎は頬をゆるませた。
堂々と歩く杏寿郎が纏う制服は、少し大きくて、傍目には不格好かもしれない。だけどいつかは窮屈に感じるぐらい、大きくなる予定だ。慣れないネクタイだって、そう遠くないうちに簡単に結べるようになるだろう。
変わらない気持ちを抱えたまま、変わっていく日々。そのなかに、これからは、義勇がいる。それだけで晴れがましい気持ちはふくれて、ふくれて、破裂しそうなほど杏寿郎の体中に歓喜を駆け巡らせるのだ。
見上げれば霞の空は晴れ渡り、杏寿郎は、青い青い海の瞳を思い浮かべる。花のように愛らしい笑みで、あの青い瞳が杏寿郎を映してくれることを願う。
今はまだなにもわからずとも、すべては始まったばかり。
落胆し、諦めるなんて早すぎる。
まずは、教室でひとり座っているだろう義勇に、どんな理由からだろうとクラスメイトになれてうれしいと言ってみようか。そばにいられる時間がたくさんあることが、俺にとってはただうれしいのだと、笑ってやろう。
義勇は、どんな顔をするだろう。杏寿郎が想像した義勇の顔は幼い子供のものではなく、先ほど見た、中学生になった義勇の少し大人びた顔だった。