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清かの風と小さな笑顔

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「そ、そうかっ! たしかにそうだ! 義勇に嫌われるのが嫌だと思うのは、当然だものな!」
 だって、大好きなのだ。ずっと、ずっと、大好きだった。今も大好きだ。明日にはきっと、もっと、もっと、好きになる。嫌われるだなんてこと、考えただけで悲しくて、泣き叫びたくなるほどに。
「……当然、なのか?」
「もちろんだ! 俺は、義勇に嫌われるのが一番悲しい。迷惑になるのなら、話しかけるのはなるべく我慢するが……だが、少しぐらいは許可してもらえるとありがたい。君と話すのは楽しいからなっ!」
 すぐに義勇はいつもの無表情に戻ってしまったけれど、一秒だって目を離したくなくて、まっすぐに青い瞳を見つめて杏寿郎は言った。言葉にはひとかけらも嘘などない。紛うことなき本心だ。
「……迷惑じゃない。杏寿郎が話しかけてくれるのは、うれしい。でも」

 頭がおかしいのは、事実だから。

 静かなその声を、ざわめく教室のなかで聞いた者はいないだろう。杏寿郎のほかには、誰も。
 杏寿郎は、義勇の言葉を一言だって聞き逃さない。だから今、義勇が口にした言葉も、聞き間違えではないのだろう。

 チャイムが鳴る。誰かが開けた窓から、少し強い風が吹き込んだ。はためいたカーテンが、義勇の白い顔に影を落とす。まるで、杏寿郎を阻む壁のように。
 それきり、その日義勇はもう、杏寿郎が話しかけても答えてはくれなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 あの日の義勇の声が、耳から離れない。静かで、悲しい声だった。
 義勇はそれ以上問われたくないように見えたから、杏寿郎もあれきり、たずねたことはない。
 それまでどおり、話しかけはする。当然だ。義勇もうれしいと思ってくれていたのだ。話しかけない道理はない。
 だがあれ以来、話題はなんだか常に差し障りのない、他愛のないものばかりになった。もちろん、それまでだって踏み込んだ会話はなかったのだけれども、今のように、故意に本音を避けたりはしていなかったのに。
 今は、上辺だけの会話ばかりだ。こういうのは性分じゃない。はっきり聞いてしまいたいと、日を追うごとに杏寿郎の焦燥はつのっていく。
 置かれたままの義勇のカバンを見るともなしに見つめたまま、杏寿郎は、今はいない持ち主のことを考える。

 再会して初めて義勇が笑ってくれたのは、五月の十日。杏寿郎の、十三回目の誕生日だった。

 本来は一学年上で二月生まれの義勇も、十三歳。杏寿郎が義勇の年齢に追いついたその日に、義勇は、笑ってくれた。まるで、思いがけないプレゼントみたいに。
 ……今日は俺の誕生日なのだとは、言えなかった。義勇の一言が心に重くのしかかって、言うタイミングなんて見つけられなかった。
 それでも、笑顔がうれしくて、どうしようもなく幸せだったことには、なんの変わりもない。

 幸せで、うれしくて、でも、心の底がジリジリと少しずつ焦げついていくような日々を過ごしてきた、五月。鬱々としているのが嫌で、杏寿郎は小さく息を吐いて立ち上がり、窓を開けた。
 あの日のように風が吹き込んでくる。五月も末が近づいた朝の風は爽やかで、でもまだ少し身を震わせる冷たさを伴っている。
 じきにこの青空も、暗い雨雲に覆われる梅雨が来る。けれど。
「まだ、再会してから二ヶ月にもなってないのだからな。これから知っていけばいい」
 誰に言うともなく口にして、杏寿郎は、スゥッと大きく息を吸い込んだ。
 駄々をこねる子供でいたくないのなら、そろそろ覚悟を決めようか。

 話をするのなら、こんなふうにきれいに晴れた日がいい。どんなに悲しい話でも、清かな風が涙を乾かしてくれるだろう。
 でも。もしも義勇が泣くのなら、その涙を拭うのは風ではなく俺の指でがいいな。そのときは、義勇も笑ってくれるといい。
 どんなに重く垂れ込めた梅雨の雨雲も、いつかは晴れて、今よりも眩しい夏の青空が広がるように。義勇も、出逢ったころよりもずっと、もっと、明るく笑ってくれる。そんな日が、きっとくる。そのための努力は惜しまない。

 義勇の瞳を思い出させる青い空を見つめたまま、杏寿郎は、小さく笑った。
作品名:清かの風と小さな笑顔 作家名:オバ/OBA