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五月雨と君の冷たい手 前編

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 六月中旬ともなれば、すっかりクラスメイトの顔と名前も一致して、新しい学校での生活にもだいぶ馴染んできた。校内で迷うことも、もうめったにない。
 初等部から高等部までが併設された一貫校であるから、中等部の生徒は、ほとんどが持ち上がり組だ。杏寿郎のように外部から入学した者は、それほど多くない。
 入学当初は、クラスもなんとなく二分していた気がする。杏寿郎が見るかぎり、クラスメイトたちは持ち上がり組と編入組に分かれて行動することが多いように感じられた。そんなクラスメイトたちも、近ごろではそれぞれの性格も知れて、小学校の別など関係なく仲のいいグループもできてきている。
 杏寿郎はといえば、最初からそんなわだかまりめいた差異には頓着していない。どこから進学してこようと、同じクラスの一員であることに変わりはないのだ。気にするなんておかしな話だろう。
 とは言うものの、誰に対しても平等に接しているとは、正直なところ言いがたい。だって、クラスには義勇がいるのだ。杏寿郎にとって義勇は、ほかの誰ともくらべられない、特別な存在だ。誰よりも大好きな友達である。
 最初から義勇に対しては、ほかのクラスメイトとは一線を画した接し方になったのはしかたがない。そんな杏寿郎に、クラスメイトたちは少し及び腰だったような気もするが、杏寿郎にしてみれば些細なことである。誰になんと思われようと、義勇ともっと仲良くなりたいと願う心は止められないし、そのための努力だって欠かせない。
 けれども、そんな努力も今のところ、実りは少なかった。


 
 朝、出がけに見たテレビの天気予報では、とうとう梅雨入りが報じられた。それを裏づけるかのように、最近では爽やかな青空などあまり見られない。今日も空は陰々滅々とした雨模様だ。
 夜半から降りつづける雨のせいか、今朝はずいぶんと肌寒い。衣替えした制服は、ブレザーなしの半袖シャツ一枚だ。吹き付ける横殴りの冷たい風に、バス停に立つ杏寿郎は、知らず身震いした。むき出しの腕が粟立っている。朝っぱらからなんとも気鬱になる天候には、さしもの杏寿郎もうんざりしてしまう。
 昨夜から振り続ける雨は、ガタガタと窓を鳴らすほど強い風を伴っていて、朝になっても雨足が衰える気配はない。おかげで今朝は、離れの道場への行き来だけで、杏寿郎も父もびしょ濡れになった。風邪をひいては大変と、風呂場に直行させられもして、ずいぶんと慌ただしい朝だ。
 自転車での通学も母に止められた。ようやくやって来たバスに乗ったときには、いつもなら学校に着いている時間になっている始末だ。
 遅刻するほどの遅れではないが、義勇はもう学校にいるんだろうかと思うと、なんだか焦ってしまう。杏寿郎が早くに行こうと義勇は教室にはいないのだから、こんな不安は正直なところ意味がない。だが、万が一ということもある。もしも今日にかぎって義勇が部室棟に行かずにいたとしたら、会話するチャンスをみすみす逃すことになるではないか。
 ジリジリと急かされる心持ちで乗り込んだバスの車内は、一転して蒸し暑い。息苦しさすら覚えるほどだ。
 おまけに、バスに乗った途端に雨は小降りになり、風も弱まって見える。これなら自転車でも大丈夫だったのに。ぎゅうぎゅう詰めのバスのなかで、杏寿郎は思わずため息をついた。
 あまり幸先の良くない朝だが、さて、義勇は今ごろなにをしているんだろう。揺れるバスのなかで、杏寿郎が考えるのは、やっぱり義勇のことばかりだった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 杏寿郎が教室についたのは、朝のホームルームが始まる十五分ほど前だ。教室にはすでに、クラスメイトの三分の二ほどが登校していた。

「おはよう、煉獄くん。今日は遅いんだね」
「俺よりも煉獄のほうが遅いなんて、珍しすぎてビックリしたよ」
「おはよう! 今朝はバス通学にしたんでな。いつもどおりの時間に着くバスには乗れなかったのだ!」
 声をかけてくるクラスメイトに明るく返しながら 自分の席に着いた杏寿郎は、隣の席に置かれたカバンを認め、今日も小さく眉を下げた。
 義勇はまだ部室棟にいるんだろう。義勇と話す機会が減ってしまうかもとの不安があっただけに、不在を安堵する気持ちはなくもないが、毎度のことながらやっぱりちょっと寂しい。
 ため息を押し殺し視線を窓へと転じれば、小降りになったとはいえ、空はいまだ陰鬱な灰色に染まっている。まばらにやってくるクラスメイトたちの顔も、晴れやかさとはほど遠い。
 だんだんと騒がしさを増していく教室では、今月末に行われる初めての定期テストを嘆く、うんざりとした言葉ばかりが聞こえてくる。成績が悪かったら小遣いを減らされると、今からかなり落ち込んでいる生徒もいた。

 成績で小遣いの額まで変わるとは、よその家は大変なんだな。

 聞くともなしに聞こえてくる会話に杏寿郎が浮かべる感想は、他人事めいている。
 父や母は、学校の成績を重視するタイプではない。机にかじりついて勉強するよりも、心身を鍛えることを尊び、自分の良心に悖る行いをするなと教え諭すことのほうが、よっぽど多かった。
 もちろん、成績だっていいに越したことはないのだろう。だが、平均点をはるかに下回るようなことでもなければ、頭ごなしに叱られたりしないはずだ。それに、杏寿郎は毎日、予習復習だってちゃんとしている。そこまで悪い点も取るまい。成績で小遣いが変動するとも思えないので、たぶん自分は恵まれた環境なのだろう。

 義勇はどうなんだろう。みんなと同じように、成績によって小遣いが減らされたりするんだろうか。だとしたら大変だな。一緒に試験勉強できたらいいんだが。

 テストが近づいても、杏寿郎の胸を占めるものは、入学したときからちっとも変わらない。いつまで経っても義勇のことばかりだ。義勇が目の前にいてもいなくても、なにかにつけ思考はすぐに義勇のことになってしまう。
 取り出したタオルで濡れたカバンを拭きながら、杏寿郎は、ちらりと隣の席を見やった。机に置かれた義勇の通学カバンは、きちんと手入れされているのが見てとれる。まだ新しい杏寿郎のカバンと変わらず、皮の色もつややかで、汚れや傷などまったくなかった。
 義勇の登校時間がいつもどおりなら、きっとまだ雨足は強かったはずだ。ずぶ濡れになっていないといいのだけれど。精神面への危惧からとはいえ、義勇は入院生活がそれなりに長い。たぶん杏寿郎とは体力がまるで違う。冷たい雨風に打たれれば、風邪を引くかもしれない。
 カバンの水滴を拭き取りながら、杏寿郎は、義勇の頬や髪も拭いてやれたらいいのにと、ぼんやり思う。けれども義勇はまだ戻ってはこず、持ち主不在のカバンだけが、いつもと変わらずそこにある。
 早朝は土砂降りだったから、義勇のカバンもかなり濡れたはずだ。けれども、こげ茶色の皮には、染みひとつ見つけられない。きっと、きちんと拭きあげてから教室を出たのだろう。持ち主の生真面目さが、カバンひとつ見てもよくわかる。
 学校指定の通学カバンはどれも同じで、洒落っ気など皆無だ。クラスメイトは、先生に注意されない程度にチャームなどをつけたりしているが、義勇のカバンにはなにもつけられていない。杏寿郎も同じだ。