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彼方から 第四部 第三話 ― 祭の日・3 ―

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 彼方から 第四部 第三話 ― 祭の日・3 ―


     イザークの内に潜む【天上鬼】
     それを目覚めさせるという【目覚め】のあたし
     騒乱へと傾きかけるこの世界で
     各国が最大の兵器として、あたし達を捜している

     なぜ、そんな運命が
     あたし達に課せられているんだろう

     未来が決められたものでないのなら
     自分で作り出していくものなのなら
     どこかにあるかもしれない――――
     この運命を変える方法が…………

     二人とも
     あまり口にはしないけど
     絶えずそれを考えていた

     もし、見つからなかったら――
     本当は、どこにもそんなものがないのでは……
     
     という不安を
     
     かかえながら――――


          **********


 蒼く澄んだ空に、群衆の声が響く――――

 華やかな装飾が施された櫓。
 広場を囲むように並ぶ、露店。
 『祭』に参加するという『高揚感』を胸にしながらも、その場に居る誰もが……
 『様々な想い』を抱え、祭の始まりを待ち侘びている。

 深い谷の向こう――高く聳える山肌に設えられたもう一つの櫓に、『花籠』と共に『祭神』が姿を現す。
 期待と興奮が入り交じった歓声を、風が祭神の下へ……
 イザークの下へと、運んでくる。
 煌びやかな衣装を身に纏い、己の身の丈ほどもある大きな籠の傍らに立ち、観客に埋め尽くされた広場を見下ろす。
 広場の中央に一際高く建つ、艶やかな布で飾り付けられた櫓。
 その櫓に、祭の伝統衣装を身に着け、満面の笑みと共に大きく手を振るノリコへと、彼の瞳は向けられていた。

「始まるぞ」

 花籠へと歩み寄る祭神の姿に、集う観客たちから声が、漏れ聞こえてくる……

「どう思う? 本当に失敗すると思うか?」
「国専占者の占いだぞ? 当たるに決まっているだろう」
「どうなんだろうな」
「とにかく、この目で確かめないとな」

 『祭』の成否を訝しむような……愉しむような……

「あの花籠の花を、櫓の上から投げてくれるからね、しっかり受け取るのよ。そしたら一年間、幸福に過ごせるっていうからね」

 そして、純粋に楽しみとして待っていたのであろう、祭の謂れを子に説く母親の声が、観衆の騒めきに混じり、聞こえる……
 皆、『何か』を期待しているのだ。
 それが成功であれ、失敗であれ……
 『目撃者』となることを、『当事者』となることを――
 心のどこか片隅で、『期待』、しているのだ。

          ***

 溢れんばかりに花を積み込んだ、大きな――大きな籠。
 籠に設えられた取っ手から、『重み』が伝わってくる。
 その『重み』はきっと『花』だけではなく、この祭に対する皆の『想い』も、入っているからなのではないか……
 ……取っ手を握り、イザークはふと、そんなことを思っていた。

 谷を挟み、太く丈夫な綱で結ばれた、二つの櫓。
 イザークは眼下の町へと――
 花祭の始まりを待つ群衆へと――
 そして……
 櫓で待つノリコの下へと――
 祭神の役目を果たすべく、籠を引き櫓の床を蹴り、勢い良く宙へと――
 その身を花籠と共に、躍らせていた。

 群衆の歓声が一気に高まる。
 滑車に吊られ、翔ぶように奔り来る籠に、皆の耳目が集約されているのが分かる。
 耳を撫でる、風の音。
 ただ、綱を伝い滑るだけの花籠を導くように……
 イザークはただ一点を――ノリコが待つ櫓を、見据えていた。


     ――  ビキッ…… ――


 微かな異音……
 それは、刹那の間だった。
 気付き見やった先――綱の片方が、重なる異音と共に千切れ去っていったのは……

 花籠が傾ぐ。
 歓声が、悲鳴や叫喚に変わる。
 激しく揺れる花籠の勢いに体が、宙へと振り落とされそうになる。
 イザークは取っ手を掴む手に、咄嗟に力を籠めていた。

          ***

 全身から、血の気が引いていく。
 鋭く抉るような観客の悲鳴が、叫喚が……
 周りの全ての音を掻き消してゆく。
 自分が、悲鳴を上げているのかどうかすらも分からない。
 ノリコはただ、見詰めるしかなかった。
 突として千切れた綱を……
 傾ぎ、揺れる花籠を……
 息を呑み、驚きと『まさか』という思いと共に、その光景を食い入るように……見詰めるしかなかった。

「綱が切れたっ!!」

 カイザックの声に、忘れていた呼吸が戻る。
「イザークは……!」
 思わず、櫓の柵に手を掛け身を乗り出すノリコ。
「大丈夫だ! 掴まってる!!」
 その言葉通り、イザークは確かに、花籠の縁に両手をしっかりと掛け、落下を免れていた。
 ほっと……安堵する。
 イザークほどの人が、あの程度のことで簡単に落ちたりなどしないことは、分かっていたつもりだった。
 だが、いざ、その場面を目の当たりにしてしまうと、『そんなこと』……
 頭のどこか片隅へと追いやられてしまう。
 只管に案じてしまうのだ、彼の人の身の、安全を――
 自分の隣に、すぐ傍に……戻って来てくれるまで……
 だが――その安堵も束の間だった。

「ああ、でも……! 花がっ!! 川に落ちていく――――!!!」

 町長たちの、悲痛な叫びが耳朶を打つ。
 揺れる花籠から花々が、一つの塊のようになって川面へと落ちてゆく様を眼の前にして……
 一番、起きて欲しくなかった出来事を眼の前にして……
 何も出来ない無力さを、ただ、思い知るしかない叫びが、ノリコの耳朶を捉えていた。

「失敗だ!」

 誰かが、大声でそう呼ばわる。
「祭は失敗だ!!」
「国専占者の占いが当たった!」
「天はスワロを否定した!!」
 一部の観客たちの口から次々に――
 零れ落ちゆく花を見上げ、『祭』の失敗を呼ばわる声がざわざわと……憂いと不安に満ちた気配と共に、広場に伝わってゆく……

 だが、群衆の只中に居る『二人の男』だけは、互いに顔を見やりながら、口元を歪めた笑みを浮かべていた。

          ***

     ―― こんな小さな町の祭だけど
        成功いかんによって
        国が大きく変わる危険があるんだから ――

 大きく揺れ動く花籠。
 その縁に両の手で掴まるイザークの眼前を、積まれていた花々が静かに落ちてゆく。
 昨夜のカイザックの言葉が、脳裏を過る。
 この祭に賭けられてしまった国の命運。
 『その事』を憂う町長や老補佐、ニーニャやカイザックの顔が、浮かんでは消えてゆく。
 ノリコと出会う前の己であったなら、恐らく巻き込まれるのを避け、関わろうとはしなかっただろう。
 いや、それ以前に……
 祭で賑わっているような町に、近寄ることすらなかったかもしれない。
 怪物や山賊に襲われている人を助けるのとは、訳が違う。
 国一つの行く末など――――
 到底、人一人の力でどうにか出来る物事ではない。
 たとえ【天上鬼】の力を持っていようとも……いや、持っているからこそ、きっと、関わりを避けただろう。