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自分らしく
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彼方から 第四部 第三話 ― 祭の日・3 ―

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 だが今は、彼らの顔がチラつく。
 国を追われながらも、抗い続けているであろう、彼ら……
 ジェイダ左大公に、与する彼らの顔が――――

 流れる川面に落ち行く花々。
 儚くも美しい様を見詰めるイザークの瞳は、いつの間にか、その形を変えていた……

          ***
 
 遥か上流から、渡り来る風の音が聞こえる。
 谷間を通り、流るる川の水面を騒がせ、風はその勢いを増しながら――
 舞い落ち来る花々を飛沫と共に、まるで『掬い上げる』かのように、巻き込んでゆく。
 
 頼りなく揺れる花籠を煽り、激しく揺らし、一陣の風は上空へと、一気に吹き昇ってゆく。
 残った片綱のみを、拠り所としている籠が激しく揺さ振られる。
 揺れる籠の勢いに弄ばれ、ふわりと浮き上がり、宙に投げ出されそうになる祭神の様に、観衆の叫喚が今一度大きく、響き渡る。
 だが、激しく揺れる籠の勢いに振り回されながらも、イザークは冷静に、籠の縁にしっかりと手を掛けていた。 

 祭神を乗せ、二つの櫓を繋ぎ渡された綱の先へと、花籠が奔る。
 自らが起こした風の行く先……
 吹き上げられた花々の行く先を見やりながら、イザークは降下する花籠と共にノリコの下へと――祭神を待つ櫓へと、向かっていた。

          **********
 
 風は……
 イザークが起こした『一陣の風』は、祭の始まりを告げる花々を高々と空へ運び、広場へと――
 己が巻き上げたもの全てを、『祭』を待つ群衆の頭上へと吹き散らし、何処へともなく消えてゆく……

 ……寸刻の間。
 広場から声が、失われる。
 誰もが吹き上げられた花々を、その行く先を、眼で追っている。
 櫓の上に居る者も皆、同じだった。
 信じ難い光景に、町長を始めとする誰もが、言葉を失っている。
 あれだけ何度も念押しして、確認したはずの綱が千切れた様を……
 突として吹き抜けた一陣の風が、振り落とされた花々を巻き上げてゆく様を……
 ただ息を呑み、見上げているだけ―――― 

 ……やがて……

「花が……」

 ……ふわり……ふわりと――
 一つ、また一つと――
 緩やかに、柔らかに――
 
「……花が!」

 空を見上げる人々の上に、その手の平の中に――
 花が、降り始める。

「落ちてくる――――広場、一面に……!」

 降り始めた花々の、その美しさに――
 人々は再び、言葉を失っていた…… 

          ***

 ――イザークだ……
 ――彼が風を起こしたんだ

 陽の光を受け、鮮やかな色を放ち、舞い落ちて来る花々……
 華やかなその様に見蕩れながら、ノリコは一人――そう、確信していた。

 乾いた滑車の奔る音が、近づいてくる。
 片輪となった花籠の縁を掴み、『祭神』が……
 イザークがこちらへと、向かって来る。

「イザーク!!」

 櫓へと取り付く寸前――軽やかに飛び移るイザーク。
 彼の名を嬉しそうに呼びながら、両腕を思いきり広げ、安堵の笑みを浮かべ……
「良かった、無事で……」
 自分の下へと帰って来てくれたイザークに、ノリコはその身を預けるように抱きついてゆく。
 柔らかな微笑みで、その大きな胸と手の平で、温かく抱いてくれるイザーク……
 彼がこうして傍に居てくれることが……
 彼の傍に、こうしていられることが……
 何よりも嬉しく、幸せだった。

「あ――みんな! あれを見て!!」

 舞い落ちて来る花々に、皆が気を取られている中――
 観客の一人が空を指差し、声を上げる。
 その声音に釣られて誰もが……
 広場に居る他の観客も、櫓の上に居る町長たちも――
 イザークも、ノリコも……『皆』が――
 蒼く澄み渡る空を、見上げていた。


          ―― ウワァアアァァッーー!! ――


 歓喜の……
 感嘆の声が、押し寄せる波のように上空へと響く。
 空に舞う花々に彩られた、大きな『虹』が……
 空の蒼に―― 
 緑に染まる山肌に――
 鮮やかに映える七つの色で見事な弧を描き、『全て』を繋ぐ橋のように、架かっていた。

「虹だっ!!」
「虹だ!」

 驚嘆に満ちた声。

「奇跡だ!」
「すごいっ!!」
「キャー!」

 正に、『奇跡』と呼ぶに相応しい、大きさと美しさの虹に、言葉にならない詠嘆が幾重にも重なり、満ちてゆく。
 
「失敗なんかじゃないぞ!」

 誰かの叫び……
 それは『想い』であり、『願い』―― 

「祭は成功だ!!」

 胸の内に揺蕩う、憂いと不安を吐き出すかのように……

          「大成功だーーーーっ!!!!」

 喜びに満ちた皆の叫びは大きなうねりの様になり、駆け巡っていく。
 『祭の失敗』を願い、それを『確信』していた『二人の男』の蒼褪めた顔を、呑み込みながら……

          **********

 吹き流れる風に乗り、数多の花が人々の上に舞い降りてゆく様はとても麗しく、幻想的で……
 二人は寄り添いながら飽くことなく、眺めていた。

「花と一緒に巻き上げた、川の水か……」

 そっと――
 腕に添えられた、ノリコの手のぬくもりを感じながら、ポツリと、呟く……
 意図して巻き上げた訳ではない。
 ただ……
 国の行く末を憂う、心優しき人たちのことを想い、『祭』を成功に導きたかっただけだった。
 それがまさか、このような結果を生もうとは――

「虹が言ってくれてるみたいね、大丈夫だよって……」

 雪のように優しく……
 晴れやかな陽射しの中、花々が降り続ける。
 瞳を輝かせながら、その光景に見入る彼女の口から零れ出た言葉に――
 イザークは少し怪訝そうに、視線を向けた。

「あたし達の望みは、きっと叶うよって――」

 続けて綴られた言葉に、ハッとする……

「そう言って……くれてるみたいね……」

 彼女の言葉を耳に留め、イザークはもう一度、空を見上げていた。


 ……胸が、温かい。
 あまり、口に出したことはなかったが、いつも、思っていた。
 いつも考えていた。
 この『運命』を変える方法を、あるかどうかも分からない、『方法』を――
 見つからないかもしれないという『不安』に、絶えず付き纏われながらそれでも、諦めることなく…………
 
 昨日――ノリコが見せようとしてくれた『消えかけの虹』が、脳裏に浮かぶ。
 今、頭上に架かる虹は、昨日の虹よりも更に美しく見える。
 彼女の言葉通り、本当に『叶う』ような、本当に『見つかる』ような――
 そんな『予感』にも似た想いが、胸を温めてくれる。

 ノリコと二人……
 誰にも憚ることなく共に、歩いてゆける日がいつか必ず来ると、本当に――――
 虹がそう言ってくれているように思えた…………


          **********
 

「カーン参議からのこの仕事……失敗です」

 薄暗い部屋……
 光源は、手元を照らすだけの小さな篝火が一つ。
 占いの媒体である大皿を前に、老占者ゴーリヤは、背後の気配に向かって口を開いていた。

「数ヶ月前……ジェイダ左大公達の時と同様に、思わぬ邪魔が入りました」
「……なに?」