今モ誰カガ教エテル
今モ誰カガ教エテル
作タンポポ
1
最近、私は少し疑心暗鬼(ぎしんあんき)をやらかしている。言い方を変えるならば、疑心暗鬼に憑りつかれてしまっているのだ。
人の話を容易に信じない。とあからさまに言うには、やはり多少の抵抗がある。でも、人の話を無差別に信じるかと言われれば、少し無理を感じる……。
口をパクパクと動かして言葉を伝える。これは当然だ。今でもその当然は変わらない。でもその当然が、私を疑心暗鬼に導くのだ。私は、それではもう駄目なのだ。
耳元で、言葉を囁かれた方がいい……。やはり、私は少し可笑しいのだろうか。
そいつは突然に現れた。
居眠りをしていたんだ。学校の教室で。でも、ここが少し可笑しい。
学校の教室で、どうしてか私は、居眠りをしていた。これはいつもの事だった。でも、私はそれまで、授業中に眼を覚ました事がなかった。それが可笑しい。
この時、私は眼を覚ましてしまっていた。――居眠りをして、教室で眼を覚ましたんだ。
二十歳だよ……。でも、それはいいとして、とにかく、私は二十歳で教室に居た。中学校だか高校だかは知らないけど、大学ではなかった。木製机に木製の椅子、私はそこで安眠していたんだ。
中学高校ではよく居眠りをしていた。でも私の居眠りはよく出来たもので、私は一度も授業を妨害した事がない。鼾(いびき)をかかないから、熟睡したままでいられる。そして、人の声には反応しないのに、学校のチャイムには反応できるのだ。それが私の居眠りだった。
とにかく可笑しいのは、授業中に眼を覚ました事なんだ。朦朧(もうろう)とした意識の中で、私はあいつの声に起こされた。凄いハンサムな人だった。タイプっているもんだな、とか思いながら、気が付くと、私はそいつの話に耳を傾けていた。
それが不思議なもので、そいつの話はびっくりするほど新鮮に耳を占領する。何に抵抗を感じる事もなく素直に聞ける。私はそいつの話を聞いていた。
眼が半分眠っているような感じで、鼻が高い。口は器用に動いたり止まったりして、髪はさっぱりとしていた。前髪が眼にかかってるんだけど、顔はよく見えた。眉毛は綺麗に整っていて、全体的に体格は細かった。
器用な話が面白かったから、随分と時間がかかっちゃったけど、ようやくそれに気が付いて少しだけ驚いた。
授業は終わっていなかったんだ。みんな、他の生徒たちは、たぶん教科書を開いて先生の話を聞いていた。授業中に眼が覚めた事なんてないんだよ。ずっと眠っているのが当たり前なの。でも、私はどうしてか二十歳で、そして、中学校か高校かもよくわからない教室の中に居た。
浮世はついぞ私の眼の前にある。いつでもあるぞ。いつでもだ。当たり前だ。
どうしたのだろう。全てが、どうもうまくいかない……。調子が狂ったというには、安楽な表現に思える。これは、狂ったと表現した方が正しいのかもしれない。
じゃあ、私は、狂った……。
2
そいつは突然に現れた――。
「おいおい……」
か細い声で、私に話しかけてくる。
「眠ったら起きない人っていうのは、無しにしようよ」
どうしてか、私はすぐに眼を覚ましてしまった。これは、普通では有り得ない事なのだ。
眼を開けてみると、そこにはそいつが立っていた。
「どうも、起きました?」
私は呆然とその顔を見ていた。
本当にタイプだったんだ。
「言っておく。ちゃんと聞いた方が、いいから」
「え?」
声が自然と出た後は、涎(よだれ)をチェックして、顔と髪型を整えた。
その間、そいつは私を待っていてくれた。律儀な人だ。
「二十歳の誕生日、おめでとうございます」
「……」
意味がね、全く分からなかったの……。
「最近さ、あんた、なんか身の回りが気に食わないだろう?」
え?――って感じだった。
「え?」
「だから、最近なんか、何かが変わった気がしてませんか?」
表情の少ない奴で、眼だけが全くリアクションを取らない。
はっきり言って、顔はハンサムだよ。
でも、要はそこじゃない。
それどころじゃなかった。
「誰?」
本当は最初からそれを言いたかったの。だけど、不思議と出てこなかったのよ。
見とれてたって、可能性はあるね。
「誰とかは、いいんです。今は話を聞いて」
「え?」
このまま、こんなやり取りが五分くらい続いた気がする……。
私はようやく進んだ。
話っていう、話ではないんだけど。
「眼が覚めたよね?」
「はあ……。まあ、一応」
「聞ける?」
「はい……」
そこで教室を見回してみて、驚いたの……。みんながそいつに気が付いてないのよ。みんなは普通に授業を受けてるの。
て言うか、先生が私達を全くの無視。
そいつは平然と私の前に立って、当然みたいに話をしたがっていた。
だから、聞いてあげたの。他に選択肢もなかったし。
「これには時間がかかるんだけどね、とにかく、あんたは俺の話を聞けるみたいだから、俺が話さないといけないんだよ」
「どういう事? え?」
全く分からない、なんていうレベルじゃなくて、もう……、ああ、狂ったかな。とか、そんな感じ。
「いいから、あのさ、まずは話させて下さいよ」
「え? ……だから、何を?」
「疑って、正解なんだよ。疑ってたんでしょ? なんか、色んな事を」
「はい?」
「俺もさ、よくはわかんないんだけどね、とりあえず全部言っちゃうとぉ」
「あの、は? ちょっとちょっとちょっと……、えごめん、意味がわかんないんだけど」
「うん、あ、落ち着いて」
「ちょっと……え!」
教室を見回して、この時、私は完全に驚いた。
教室のみんなが私達の事を無視している……。それは、見えていないみたいに、全く気にされていない。
「何これぇっ! ちょっ……、ここどこぉ?」
「あー、ねえ」
「ちょっとここどこぉっ!」
「わかった……。教えるから、落ち着いて」
「あなたは誰ですかっ!」
唐突なパニックで、私は大事なことを逃してしまった。
あまりにも普通じゃなかったもので、私は怖くなって、つまり……、大パニック。
「ここは、あんたの学校で、ここはあんたの教室」
「……です、よねえ? えでも……」
「それはあんたの机で、何も変わってなんかないから……。落ち着いて!」
そいつがね、私の腕を掴んできたの。
だから、私は少しだけ怯えて……、少しだけ照れた。
「落ち着けないみたいだから、またね」
「え?」
「うん……。今日は、まだ話さない」
「え? 何で? ……ってか、何を、ですか?」
「ちょっとした、実話をだよ」
そいつは、そのまま教室を出て行ったんだ……。
落ち着き放った歩みで、そいつはゆっくりと教室から出て行った。その時に、そいつが私服を着ていた事に気が付けた。相当パニクッてたみたいで、私はだいぶまいっていたの。
少しの間は、そのまま自分だけクラスから見放されたような気になっていた。でも、授業は普通に終わって、休み時間には普通に友達が話しかけてきた。
作タンポポ
1
最近、私は少し疑心暗鬼(ぎしんあんき)をやらかしている。言い方を変えるならば、疑心暗鬼に憑りつかれてしまっているのだ。
人の話を容易に信じない。とあからさまに言うには、やはり多少の抵抗がある。でも、人の話を無差別に信じるかと言われれば、少し無理を感じる……。
口をパクパクと動かして言葉を伝える。これは当然だ。今でもその当然は変わらない。でもその当然が、私を疑心暗鬼に導くのだ。私は、それではもう駄目なのだ。
耳元で、言葉を囁かれた方がいい……。やはり、私は少し可笑しいのだろうか。
そいつは突然に現れた。
居眠りをしていたんだ。学校の教室で。でも、ここが少し可笑しい。
学校の教室で、どうしてか私は、居眠りをしていた。これはいつもの事だった。でも、私はそれまで、授業中に眼を覚ました事がなかった。それが可笑しい。
この時、私は眼を覚ましてしまっていた。――居眠りをして、教室で眼を覚ましたんだ。
二十歳だよ……。でも、それはいいとして、とにかく、私は二十歳で教室に居た。中学校だか高校だかは知らないけど、大学ではなかった。木製机に木製の椅子、私はそこで安眠していたんだ。
中学高校ではよく居眠りをしていた。でも私の居眠りはよく出来たもので、私は一度も授業を妨害した事がない。鼾(いびき)をかかないから、熟睡したままでいられる。そして、人の声には反応しないのに、学校のチャイムには反応できるのだ。それが私の居眠りだった。
とにかく可笑しいのは、授業中に眼を覚ました事なんだ。朦朧(もうろう)とした意識の中で、私はあいつの声に起こされた。凄いハンサムな人だった。タイプっているもんだな、とか思いながら、気が付くと、私はそいつの話に耳を傾けていた。
それが不思議なもので、そいつの話はびっくりするほど新鮮に耳を占領する。何に抵抗を感じる事もなく素直に聞ける。私はそいつの話を聞いていた。
眼が半分眠っているような感じで、鼻が高い。口は器用に動いたり止まったりして、髪はさっぱりとしていた。前髪が眼にかかってるんだけど、顔はよく見えた。眉毛は綺麗に整っていて、全体的に体格は細かった。
器用な話が面白かったから、随分と時間がかかっちゃったけど、ようやくそれに気が付いて少しだけ驚いた。
授業は終わっていなかったんだ。みんな、他の生徒たちは、たぶん教科書を開いて先生の話を聞いていた。授業中に眼が覚めた事なんてないんだよ。ずっと眠っているのが当たり前なの。でも、私はどうしてか二十歳で、そして、中学校か高校かもよくわからない教室の中に居た。
浮世はついぞ私の眼の前にある。いつでもあるぞ。いつでもだ。当たり前だ。
どうしたのだろう。全てが、どうもうまくいかない……。調子が狂ったというには、安楽な表現に思える。これは、狂ったと表現した方が正しいのかもしれない。
じゃあ、私は、狂った……。
2
そいつは突然に現れた――。
「おいおい……」
か細い声で、私に話しかけてくる。
「眠ったら起きない人っていうのは、無しにしようよ」
どうしてか、私はすぐに眼を覚ましてしまった。これは、普通では有り得ない事なのだ。
眼を開けてみると、そこにはそいつが立っていた。
「どうも、起きました?」
私は呆然とその顔を見ていた。
本当にタイプだったんだ。
「言っておく。ちゃんと聞いた方が、いいから」
「え?」
声が自然と出た後は、涎(よだれ)をチェックして、顔と髪型を整えた。
その間、そいつは私を待っていてくれた。律儀な人だ。
「二十歳の誕生日、おめでとうございます」
「……」
意味がね、全く分からなかったの……。
「最近さ、あんた、なんか身の回りが気に食わないだろう?」
え?――って感じだった。
「え?」
「だから、最近なんか、何かが変わった気がしてませんか?」
表情の少ない奴で、眼だけが全くリアクションを取らない。
はっきり言って、顔はハンサムだよ。
でも、要はそこじゃない。
それどころじゃなかった。
「誰?」
本当は最初からそれを言いたかったの。だけど、不思議と出てこなかったのよ。
見とれてたって、可能性はあるね。
「誰とかは、いいんです。今は話を聞いて」
「え?」
このまま、こんなやり取りが五分くらい続いた気がする……。
私はようやく進んだ。
話っていう、話ではないんだけど。
「眼が覚めたよね?」
「はあ……。まあ、一応」
「聞ける?」
「はい……」
そこで教室を見回してみて、驚いたの……。みんながそいつに気が付いてないのよ。みんなは普通に授業を受けてるの。
て言うか、先生が私達を全くの無視。
そいつは平然と私の前に立って、当然みたいに話をしたがっていた。
だから、聞いてあげたの。他に選択肢もなかったし。
「これには時間がかかるんだけどね、とにかく、あんたは俺の話を聞けるみたいだから、俺が話さないといけないんだよ」
「どういう事? え?」
全く分からない、なんていうレベルじゃなくて、もう……、ああ、狂ったかな。とか、そんな感じ。
「いいから、あのさ、まずは話させて下さいよ」
「え? ……だから、何を?」
「疑って、正解なんだよ。疑ってたんでしょ? なんか、色んな事を」
「はい?」
「俺もさ、よくはわかんないんだけどね、とりあえず全部言っちゃうとぉ」
「あの、は? ちょっとちょっとちょっと……、えごめん、意味がわかんないんだけど」
「うん、あ、落ち着いて」
「ちょっと……え!」
教室を見回して、この時、私は完全に驚いた。
教室のみんなが私達の事を無視している……。それは、見えていないみたいに、全く気にされていない。
「何これぇっ! ちょっ……、ここどこぉ?」
「あー、ねえ」
「ちょっとここどこぉっ!」
「わかった……。教えるから、落ち着いて」
「あなたは誰ですかっ!」
唐突なパニックで、私は大事なことを逃してしまった。
あまりにも普通じゃなかったもので、私は怖くなって、つまり……、大パニック。
「ここは、あんたの学校で、ここはあんたの教室」
「……です、よねえ? えでも……」
「それはあんたの机で、何も変わってなんかないから……。落ち着いて!」
そいつがね、私の腕を掴んできたの。
だから、私は少しだけ怯えて……、少しだけ照れた。
「落ち着けないみたいだから、またね」
「え?」
「うん……。今日は、まだ話さない」
「え? 何で? ……ってか、何を、ですか?」
「ちょっとした、実話をだよ」
そいつは、そのまま教室を出て行ったんだ……。
落ち着き放った歩みで、そいつはゆっくりと教室から出て行った。その時に、そいつが私服を着ていた事に気が付けた。相当パニクッてたみたいで、私はだいぶまいっていたの。
少しの間は、そのまま自分だけクラスから見放されたような気になっていた。でも、授業は普通に終わって、休み時間には普通に友達が話しかけてきた。