無題
物心ついた時から、自分が男の子なのか女の子なのか、よく分からなかった。
女の子みたいに綺麗で上品なのが好き。
女の子みたいに甘いお菓子が好き。女の子みたいにおしゃれな雑貨が好き。女の子みたいに占いが好き。
でも、女の子になりたいと思ったことはないし、女装がしたいとも思わない。
自分は男でいいと思ってる。
ただ、同級生の男の子みたいに、ガキっぽくて下品で汚らしいのは嫌だった。
女の子と共通の趣味が多いから、子供の時は女の子の友達のほうが多かった。
そんな私をバカにする男の子も多かったけど、ある日テレビでNBAの試合を観て、背の高い私にも出来るかもしれないと思ってバスケを始めたらメキメキ成長して、同世代の間で一つ頭が抜けた実力を身に着けた頃には、バカにする男の子の数がいつの間にか減っていた。
男の子にも女の子にも、「バスケをしてる時の実渕君はカッコイイね」と言ってくれる子がいて、そのことは素直に嬉しかった。
私にバスケで負けた男の子が悔しまぎれにオネェの私をバカにしてくることはあったけど、そんなのは、他校の選手はもちろん、チームメイトであっても、実力でねじ伏せて黙らせてきた。
「なあ、アンタ実渕だろ。無冠の五将の」
中学でそれなりにバスケの実績を残し、タイトルこそ無いものの実力はある選手の一人として『無冠の五将』に数えられていた私は、高校受験の際に、京都にあるバスケの強豪校を進学先として選んだ。そこで会ったのが、同じ無冠の五将の根武谷永吉と葉山小太郎だ。二人は、会うなり私との距離を縮めてきた。
「知ってると思うが、オレは根武谷。こっちが葉山だ。
ポジションも被ってねえし、オレら全員すぐにレギュラーになるだろ。
これからチームメイトとしてよろしくな」
「ねーねー。実渕って、下の名前レオっていうんでしょ? そんでオネェなんだったら、呼び方はレオ姉でよくね? これからレオ姉って呼んでいい?」
弾むような口調で小太郎が尋ねてくる。
元は中学バスケの実力者同士。全国大会で何度か顔を合わせているから、まったくの初対面というわけじゃないけど、そんなあだ名で呼ばせるほど気安い仲でもない。――そう思ったけど、これからは確実に同じレギュラーとしてやっていくんだから、仲良くしておいたほうがいいと私は判断した。
「好きにして頂戴。私も好きに呼ぶから。
これからよろしくね。永吉、小太郎」
永吉が言った通り、私達三人はすぐにレギュラー入りした。
中学時代は一学年下の天才達に辛酸を嘗めさせられた私達だったけど、彼らがまだ高校に上がってこない最初の一年は、高校バスケ界は私達の独擅場だった。
一年間チームを共にするうちに、私達三人の仲も深まっていた。永吉はマッスルマッスルうるさくて下品だし、小太郎はいつもピョンピョン跳びはねてるおバカだったけど、チームメイトとしての彼らは想像以上に頼もしく、何より彼らとやるバスケは楽しかった。
他校との試合の後には、
「今日ぶつかった彼、タイプだったわぁ」
「お前、やっぱガチか」
そんな軽口も叩くようになった。
学年が一つ上がると、中学バスケで天才と呼ばれた子の一人が後輩として入ってきた。
私達が通うのは高校随一のバスケの強豪校だったから、この結果はある程度予想できた。ただ一つ予想外だったのは、その子がすぐにレギュラー入りしただけでなく、すぐに主将にまでなってしまったことだ。
二年生で早々に主将になってる子はどの部活でもたまに見るけど、入部したての一年生が主将になるなんて聞いたこともない。けれど、その結果を不満には思わなかった。瞬く間にバスケ部の頂点に立った赤司征十郎は、他を圧倒するバスケの実力だけでなく、人を従わせるカリスマ性も持った一年生だった。
「征ちゃんて凄いのね。
正直、一年生の主将なんて認められないって最初は思ったけど、私、あなたの下でなら副主将として頑張れそうだわ」
「そうか。これからよろしく頼むよ、玲央」
年下とは思えない、威厳に満ちた態度で征ちゃんは応える。
バスケ選手としては小柄な体格と、小作りな顔立ち。それとは対照的な、鋭い目つきと重々しい言葉遣い。そのアンバランスな印象に、私は不思議と惹かれた。
「もし、私の口調や仕草がチームにとって不都合だったら言ってね。
部活中だけでも直せるように努力するから」
征ちゃんの下でバスケをしたい一心で、私はそう言った。
征ちゃんは厳かな表情を崩すことなく、私の目を真っすぐに見据える。
「それは勝利に必要なことか?」
「え? それは分からないけど、関係はあるんじゃないの?
副主将が女みたいな喋り方だったら、チームの士気に影響しないかしら?」
「永吉や小太郎から、そう言われたことがあるのか」
「それはないけど……。
対戦したチームのメンバーからは言われることがあるのよ。オカマがいるチームとなんかやりにくいって。半分は負けた腹いせでしょうけど」
言いながら、私は少し眉を下げる。
征ちゃんが、フッと勝ち気な笑みを浮かべた。
「敗者が何を喚こうと気にすることはない。
この世は勝利がすべてだ。お前が勝つ限り、お前が正しい。
そして、僕が指揮を執る以上、今後お前のいる洛山高校が負けることはない」
ゾッとするほど綺麗な菩薩の笑みで告げられる。
自分の生き様を初めてハッキリと肯定された気がして、私は今後のバスケ生活を、すべてこの子に捧げようと決めた。
征ちゃんが入部して暫くしてから、退部したはずの三年生が一人、征ちゃんの推薦でレギュラー入りした。
退部したはず……と言っても、黛千尋という先輩が最近までバスケ部にいたことを、私は知らなかった。征ちゃんにパサーとしての才能を見出される前は、彼は私達レギュラーが歯牙にも掛けない二軍以下の選手だったのだ。
「あなた、まだまだスタミナが足りなさすぎ。
そんなんじゃ、征ちゃんの期待に応えられないわよ」
「お前らみたいなチートと一緒にすんな。
これでも赤司が課したメニューはこなしてる」
口は悪いし、協調性には欠ける。その上、オタクが好む小説ばかり読んでいる変な先輩だ。これから、この先輩のことも副主将として面倒を見なければいけないと思うと、内心溜め息が漏れた。
「……オネェの後輩の言うことなんて聞きたくないのかもしれないけど、このチームでやっていくつもりがあるなら、もっとちゃんとして頂戴。
放課後、また練習に付き合ってもらうからね」
言い捨てるようにして、私は彼に命令する。
黛さんは朝練で乱れた息を整えると、「はぁ?」と冷めた声を返した。
「オネェは関係ねえよ。
後輩に命令されていい気がしねえってのは否定しねえけどな」
「あら。そうなの?」
「オレからしたら、中二病もオネェもバカも、生意気な後輩であることには変わりないからな」
表情一つ変えずに、黛さんは淡々と答える。
「小太郎がおバカなのも永吉が筋肉バカなのも認めるけど、征ちゃんを悪く言うのは許さないわよ」
私が言い返すと、黛さんはハッと憎らしく笑った。
「オレは、誰が中二病だなんて言わなかったケド?」
「……あなた、本当に嫌な先輩ねえ」