無題
でも、さっきの返しのせいで、あんまり嫌いじゃないと思っちゃったわ。
心の中で、こっそりとそう付け足した。
征ちゃんの下で戦った、私にとって二度目のインターハイは恙なく優勝。
そして迎えた冬の大会――ウィンターカップでの決勝戦。私達チームメイトは、征ちゃんの隠された秘密を知ることになる。
詳しい話は決勝戦の後で教えてもらったのだけど、彼は俗に言う二重人格で、これまで私達を指揮してくれた征ちゃんは別人格、決勝戦の途中で入れ替わったもう一人の征ちゃんが主人格なのだという。全くもって寝耳に水の話で、私達が心底驚いたのは言うまでもない。
「これまで黙っていて、すまなかった。
それと、オレの失態が原因で負けてしまったことも」
私達の知る征ちゃんとは違う、優しく澄んだ声で征ちゃんは謝る。
負けた直後で誰も征ちゃんを慰められなかったけど、誰も征ちゃんを責めもしなかった。黛さんだけが憎まれ口とはいえ征ちゃんに声を掛けていて、決勝戦中に征ちゃんを立ち直らせたことといい、意外と先輩らしいところもある人なんだわ、と見直したりした。
全国大会のあった東京から京都に帰り、三年生の引退を見届け(黛さんはレギュラーのくせに引退式をサボった)、改めて征ちゃんを主将、私を副主将とした新体制でのチームが始動する。
来年度には新入生が入ってくる予定だけど、黛さんの代わりに誰かが入る以外、レギュラーの顔ぶれに変動はないだろう。私は今後も変わらず、いえ、以前とは違った形で、副主将として征ちゃんを支えていくと決めた。
「オレのような心の持ち主が主将で、やり難くはないかい?」
二人だけでチームの方針を話し合っていた時に、征ちゃんにそう訊かれたことがある。私は迷わず、彼にこう訊き返した。
「永吉や小太郎から、そう言われたことがある?」
征ちゃんは、キョトンとした顔をした。
「いや」と答えた彼に、「そうでしょう?」と私は笑顔で返した。
「あなたの心が人とは少し違っていても、私達は変わらずあなたについていくわ。
それに私は、カッコイイもう一人の征ちゃんも、かわいいあなたも、どっちも好きよ」
征ちゃんは目を丸く見開いた後、初めて後輩らしい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。
オレも、実渕の男性的で頼もしいところも、女性的で優しいところも、どちらも好きだよ」
三月も半ばを過ぎ、京都で桜が花開き始めてからも、私は変わらず洛山高校でバスケを続けている。
二つの人格を持つ天才の主将と、クセの強い実力者の同級生達と、主将が呼んだ時だけ渋々と顔を出すオタクのOBと。
変わり者に囲まれてバスケをする変わり者な自分の生活を、私は心から幸せに思う。