謀り
歩くたびに左右に揺れる、銀色の結った髪を見上げる。
誰にでも愛想がよく、盛り上げ上手。会話にも面白みを求めており、時折りとんちの効いた切り返しが小気味良い。
他の者に好かれる性根は羨望に値する。
「いやーしかしやっと抜けられたぜ」
唐突に、嘆息まじりにそんなことを言う相手に思わず問い返した。
「どういう意味だ?」
まさかこの男に限って、他の柱たちとの食事が息苦しいなんてことはないだろう。
率先して人数を集めて音頭を取るほどなのだから。
時透が乗っていないほうに首を半分だけ捻り、宇髄は苦笑する。
「だって煉獄、人気者だろ?なかなか二人でゆっくり話せねぇんだもんな」
「人気者は君のほうだ。いつも誰かと話している」
「俺はいいんだよ、八方美人だから」
なんだそれは、と思わず笑みが溢れる。
「人気といえば、皆で時透を取り合うというのも不思議な光景だったな」
「……、そうね。時透じゃなくて煉獄ね」
「うん?」
そんな応酬をしているあいだに、時透に割り振られた一室に到着した。
あどけない寝顔は年相応の子どもらしさを備えていて。
敷かれていた布団にそっと下ろすと、目を閉じたままだというのにもそもそと掛け布団の中に潜り込んでいく様は可愛らしい。
極力音を立てないよう襖を閉め、皆がいる広間に戻ろうとすると先に歩いていた宇髄が不意に立ち止まった。
「どうした?」
つられて立ち止まると、前方の男が振り返る。
その表情はいつになく真剣で、端正な顔立ちが引き立ち視線が吸い寄せられてしまう。
「…お前はもっと自覚を持ったほうがいい」
普段よりも幾分か低い声音で言いながら、一歩こちらに距離を詰めてくる。
思わず半歩あとずさりつつも目を逸らせずにいると、長身を屈めて宇髄は小声で呟いた。
「あんまりでかい声じゃ言えねえんだけどな…」
「……?」
「ーー、」
「…すまん宇髄、聞こえない。もう一度頼む」
よく聞き取れず、相手に耳を寄せた刹那。
するりと太い腕が伸びてきたかと思うと顎を捉えられた。
軽く上を向かされたのと、己の唇に何か温かいものが触れたのはほぼ同時。
瞬きもせず微動だにしないこちらから、宇髄がゆっくり離れていく。
節くれだった長い人差し指を、綺麗に弧を描く口元に当てて妖艶に目元を細める様に、ようやく口付けられたのだと認識が追いついた。
「な、何を…っ」
「こういうこと、企んでる奴は結構いるから気をつけろって言ったんだよ」
「いるわけがないな!」
「ほらー…そういうところ。自覚がねぇんだよ…」
げんなりしたように項垂れる宇髄だが、男に接吻などして不快ではないのだろうか…
あまりにも動じないので、この程度で狼狽える自分がおかしいのかと思えてくる。
一瞬触れた程度だったが、未だ柔らかい感触が残る唇を手の甲で覆った。
少し遅れてからじわじわと顔に熱が集まってくるのがわかり、咄嗟に相手から背ける。
「…忠告は有り難く受け取ろう」
「煉獄……お前、顔見せろ」
「断るッ!俺は広間に戻る!」
こちらの顔を覗き込もうとしてくる宇髄をかわして追い抜き、ずんずんと大股で廊下を突き進んでいく。
宇髄がわからん…
誰にでもああいったことをするのか?
「待てよ、悪かったって煉獄!次はちゃんと断ってからするって!」
「こ、断ればいいものではないだろうっ」
慌てて追いかけてくる男の、少々ずれた謝罪を背中で弾き返す。
相手の顔を見ることもできず、うるさい心臓を無理やり呼吸でねじ伏せ、ひたすら前だけを見て広間を目指した。
fin.