嘘から出たまこと
「そういうバロック持ちだったの。彼の双子の兄は彼の頭の中にいて、彼が眠っている間に表に出てくる兄と彼は文通していた。文通している彼はとても嬉しそうでね。誰も、本当のことが言えなかった。彼には頭の中の兄以外、誰も家族がいなかったから。実際、治療で兄が消えた後の彼は見ていられなかった」
「……よく知っているんだな」
「ええ。お世話していた子だもの。よく覚えているよ。……可哀想に。まだ癒えてないんだろうね」
うっすらと唇を吊りあげて、女はマグカップの中身をすすった。その中身は泥水だ。研究者の同期である彼女は、空が赤く染まった日からコーヒーの代わりに泥水を、チョコレートの代わりに石ころを頬張るようになってしまった。それでも、彼女の情の深さは変わっていない。哀しいときに眉尻を下げて微笑むのが彼女の癖だった。
そのことに安堵しながら、研究者は監視モニタに目をやる。そこには、彼が目覚めたことを示すデータが表示されていた。
気がつくと、僕は細い道にひとりで立っていた。空は血のように赤く、周囲に並び立つ建物はその全てが廃墟のようだ。時折、うめき声のようなものが遠くから聞こえてくる。
あの子はどこだろう。周囲を見回しても白いローブを着た奇妙な大男がいるだけで、他に誰の姿もない。
あの子を探さなければ。きっと、どこかで寂しくて泣いている。
僕は走る。途中で奇妙な姿の人々を見かけたが、どうでもよかった。探さなきゃ。
「探さなきゃ。あの子が、弟がきっと泣いている」
角のある女がそう言うのを無視して通り過ぎる。棺を背負った男が僕を見て怪訝な顔をしたけど、どうでもよかった。
あの奇妙で陰鬱な塔の中で、弟が泣いている。それに比べれば。