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昼時を少し過ぎた時分。
非番のときくらい美味いものをゆっくり食べようと思い立ち、以前伊黒から美味だと聞かされていた丼屋に宇髄は立ち寄った。

暖簾をくぐり空いている席を見繕うため店内を見渡すと、すぐに派手な頭が視界に飛び込んできて思わず口角が上がる。

煉獄に会えるとは、今日はついてる。

そう思いながら見つけた同僚のところに行こうとして、彼が一人ではないことに気付いた。


「さすがのお働きです、炎柱様。既にあのお父上をも超えているでしょう」


聞こえてきた声は知らないもの。男の隊士のようだが、先代の炎柱を知っている様子だ。
宇髄は二人に背を向けるように手近な席に座り、聞き耳を立てた。


「ありがとう。だが、俺には身に余る言葉だ」

「そんなご謙遜を…。皆、煉獄様がいるならと安心して任務に励んでいます」


男性隊士の落ち着いた声音には、どことなく親愛の色が感じられた。
煉獄はその性格と求心力から、誰にでも好かれている。
分け隔てなく親身になってくれるその様子から、自分一人を特別扱いしてくれていると勘違いしてしまう隊士も少なくない。


店員が運んできた水をちびちび飲みながら、宇髄は内心舌打ちする。
煉獄様がいるなら安心、ね…
要するに煉獄におんぶに抱っこってことなんだろう。長く隊士をやっているだろうに、情けねぇ。
そんな野郎に媚びを売られて靡くようなあいつじゃない。

食事は既に終わったあとなのだろう。
煉獄が小さく笑う気配がした。


「それは何よりだ。きみは父の代から鬼殺に身を投じている。俺から何か訊くこともあるだろう、頼りにしている」

「お力になってみせます」

「さて、腹も膨れたことだ。そろそろ俺は失礼する」

「……煉獄様、」


背後で椅子ががたっと音を立てる。
聞こえてきた男性隊士の抑えられた声が、やけに耳についた。

…嫌な予感が肌を走る。
煉獄の声はしない。店内の喧騒に掻き消されているわけでもない。
ひどく小さい声で、隊士の男が何かを煉獄に耳打ちしているようだった。


「……すまないが、そういったことは…」


しばらくすると、やや上擦った煉獄の声。


「い、一度でいいのですっ、お願いします!」


続けて、縋りつくような隊士の声。

考える前に身体が動いていた。
音もなく立ち上がり振り返ると、ひとつ席を挟んだ向こうに隊服姿をふたつ視界が捉える。
椅子に座ったまま上体を僅かにのけぞらせる煉獄と、その左手首を掴み中腰で顔を寄せる青年。

邪魔な食事席に軽く手をついて飛び越え、一瞬ののちには宇髄の腕は煉獄の肩にまわっていた。


「ーーよぉ、楽しそうだな。俺も混ぜろよ」

「う、宇髄っ…?」

「おおお音柱様!?」


こちらを振り仰ぎ驚く煉獄の、朱を刷いた頬にざわりと神経を逆撫でされる感覚。

煉獄に顔を寄せていた結果、こちらとも顔を突き合わせる形になった青年に間近でにこりと笑いかけた。


「…その相談、俺が乗ってもいいぜ」

「いやっ、その…」


弾かれたように身体を離して後ずさる青年に、金色の頭を腕に引っ掛けたまま逆に距離を詰めていく。


「何が一度でいいんだ?俺にも内緒話、してくれよ」


青年隊士は何度か口をぱくつかせてから、ものすごい勢いで姿勢を正し、がばりと頭を下げた。


「なっ、なんでもありません!自分はこれで失礼致しますっ!」


わたわたと空回りした手つきで隊服のポケットから財布を引っ張り出す青年に、慌てて煉獄がこちらの脇の下から声を上げる。


「待て、勘定は俺がもつ!きみはーー」

「それではっ!」


言うが早いか、食事代を卓上に置いて青年隊士は走り去って行った。


「やれやれ…。度胸があるんだかないんだか…」


その背中を見送って嘆息する。
こちらの腕から解放された煉獄は、散らばった小銭を眺めて眉尻を下げた。


「下の者に財布を出させてしまうとは…不甲斐ない」

「あいつに金返そうとか絶対考えるなよ?」


先回りして釘を打つと、ぐ…と言葉に詰まる炎柱だった。

立場はそりゃあ上だろうけど、あいつのほうが年上なのだからそこまで気にすることはないと個人的に思う。相手が女なら話はまた違ってくるが…


「そんなことより、大丈夫かよ。煉獄」

「む……ああ。正直きみが来てくれて助かった。感謝する」


先程まで青年が座っていた席に宇髄はどかりと腰を下ろした。
苦笑する男に、また神経がざわつく。
煉獄を困らせるような存在はどんなものであれ許しがたい。それも下心からくるものとなれば尚更だ。

卓に頬杖をつき、宇髄は大きなため息を落とした。


「…お前、なに食った?」

「うん?…ああ、かつ丼だ。美味かったぞ」


唐突に振られた話題に煉獄はきょとんとしつつも笑顔で答える。
宇髄は手を挙げて店員を呼ぶと、天丼をふたつ注文した。


「伊黒がここの天丼美味いってよ。まだまだ食えるだろ?」

「それは楽しみだ!いただこう」


腹が膨れた云々と言っていたが、あれは退席するための方便だったのだろう。

作品名:権利 作家名:緋鴉