二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

青に溺れ、赤に染まる

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
 無惨が初めて彼を見かけたのは、ほんの気まぐれで視察に行った子会社の倉庫でだった。無惨が経営する商社は多くの子会社を抱えているが、無惨自身がそれらを視察するなどめったにない。だというのに、その日にかぎってアポなしで視察をなんて考えたのは、気まぐれでしかなかったからこそ、運命と呼ぶべきものだったと無惨は思っている。
 ダラダラとやる気なさげに作業しているアルバイト学生たちのなかで、ひとり黙々と作業していた彼は、まさに泥中の蓮というべき存在だった。センスなどかけらもないお仕着せの作業服を着ていても、彼の美貌はまったく損なわれておらず、無惨の目には清楚な輝きをまとって見えた。
 最初は、生きた人形のごとき美貌にこそ、目をとめた。無惨は美しいものが好きだ。性別云々は問わない。だが所詮は暇つぶし。ただの遊び相手だ。成り行き次第で愛ではしても、飽きるのも早い。
 無惨の審美眼のハードルは高く、お眼鏡にかなうほどの美貌には、そうそう出逢えない。だというのに、まさかこんな冴えない場所で滅多にない逸品に出逢うとは。常ならぬ興奮を覚えた無惨だったが、それでも、声をかけたのはやはり気まぐれとしか言いようがない。
 味見程度に楽しんで、気に入ればしばらくそばに置いてみてもいい。それぐらいの軽い気持ちで声をかけたにすぎなかったのだ。
 当然、尊大に彼を呼びとめ食事の供をしろと命じたそのとき、無惨は断られるなど考えもしなかった。なにせ無惨は、彼からすれば雲上人と言っていい。一介のアルバイトでしかない彼が、雇用主のそのまた上の存在である自分の命令を断るなど、無惨にとっては愚の骨頂としか言いようがない。おそらく無惨でなくとも、その場にいる誰もが思ってもみなかっただろう。

 命じられた彼のほかには。

 誰に対しても傲慢な態度を隠さぬ無惨に、反感を抱く者は少なからずいる。だが、それを露骨に示す者は皆無だ。
 彼は稀有な例外だった。整った眉をわずかに寄せて無惨を見やった眼差しには、感情の色はまるでなく、冷ややかですらある。

「俺がなにをしているのか見えないのか。邪魔をするな」

 言うなり台車を押して去って行こうとした彼は、子会社の重役が真っ青になって怒鳴っても、まったく動じた様子がなかった。
「なんて失礼な口をきいてるんだ! 鬼舞辻社長が直々にお誘いくださったんだぞ、そんなことをしている場合じゃないだろう!」
「そんなことと言われても困る。俺は商品の仕分け作業で雇われました。業務と関係のない私語は厳禁とも言われてます。服務規定違反で首にされるわけにはいかないので、失礼」
 淡々とした声だった。恐れ入った様子も、反発心も見られない。決められたことだから守っているだけと言わんばかりのその様に、無惨の不快感が煽られたのは言うまでもない。
 自分に向かって不遜な口をきく者など、無惨はついぞ出逢ったことがない。無惨の意のままにならぬものなど、腹立たしい太陽以外にはなにもなかった。
 日光アレルギーだけは、どうしても克服できないのだ。医療技術は日々進歩しているというのに、無惨の体はいまだ忌々しい日光に打ち勝つことができずにいる。
 だが、それだけだ。人は誰も無惨に膝を屈し、無惨の顔色をうかがう。それが当然だった。
「ならば、私が直接貴様を雇うことにしよう。給与はここの三倍出してやる」
 面白いと興をそそられる以上に、この世間知らずの愚か者を屈服させたいという苛立ちのほうが勝る出逢いだった。
 遊びたい盛りの大学生だ。金はいくらでもほしいだろう。多少はくだらないプライドに意地を張るかもしれないが、すぐに媚を含んだ目をするようになるに違いない。無惨はそう思ったし、それを疑いもしなかった。
 けれども、初めてはっきりと動いた彼の表情筋は、法外な金額に心揺らぐ様子など微塵もなく、それどころか明らかな不快感を無惨に伝えてきた。そして、無惨はそのときになって初めて、彼の目を真っ向から見た。
 まっすぐ睨みつけてきた彼の瞳の色は、無惨がどれだけ望んでも謳歌することが叶わぬ、晴れた空の色をしていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「義勇」
 呼びかけに振り向いた彼の目が、無惨を映して少しばかりすがめられた。不快。面倒くさい。そんな言葉が浮かんで見える眼差しだ。
 出逢った日からもう五年。どうにか愚かで生意気な大学生をひざまずかせようと、手を変え品を変え篭絡手段を講じてきた無惨だが、気がつけば無惨こそが義勇にひざまずいている。愛を乞うなど認めたくはないが、そうとしか言いようがない。
 身寄りは姉ひとりきりという苦学生であった義勇も、今ではもう社会人だ。仕事などする必要はない、自分がなにもかも面倒を見てやろうと再三無惨が言ったにもかかわらず、教職などというくだらない職業に就いている。おかげで義勇と過ごせる時間は、以前に比べてかなり減った。まったくもって腹立たしいかぎりだ。

 ふぅっと小さくため息をつく様には、かわいげなどまるでない。それでも無惨が激昂せずにいるのは、義勇が素直に無惨の手招きに応え、ソファに腰を下ろすことを知っているからだ。
 今夜もまた、義勇は無惨が思ったとおり、いかにも不承不承といった体でもって無惨の手招きに応じる。風呂上がりの清潔な肌を包むのは、無惨が吟味に吟味を重ねてえらんだシルクのパジャマだ。
 真白い真珠のような布地がよく似合うと、ソファに腰かける義勇を見やり、無惨は満足げに微笑んだ。
 たまには趣向を変えて無惨の瞳と同じ深紅をえらんでもよかったが、やはり白で正解だ。義勇を染める赤は、いかに高級だろうと所詮は布切れでしかないものなぞよりも、愉悦に紅潮する義勇本人の肌身のほうがふさわしい。
 なめらかで清廉な白い肌が、自分の手によって花開くように赤く染まる様は、いつものことながら胸がすく心地がする。今はまだ健康的な白さを保っている義勇の肌は、今夜もきっと無惨によって、鮮やかに咲き誇る花の色に染まるのだ。それを思い描くだけで、無惨の背筋に言いしれぬ愉悦が走る。
 征服欲に似た歓喜を押し留め、無惨は投げ出された義勇の足の間にひざまずいた。いっそ恭しいほどの仕草で義勇の足を手にして、無惨は薄く微笑む。至高の宝珠かのごとくに、そっと掲げ持った義勇の足は、白く骨ばっている。義勇がやってくるたびに無惨が手入れするからばかりでもなく、つま先はきれいに整えられていた。その理由を思うと、無惨の顔にはどうしたって笑みが浮かぶ。
 出逢ったころには、こんなふうに触れられる日がくるなど、義勇は露ほども考えたことがないはずだ。それどころか、決して踏み込ませまいと線を引き、無惨が己に近づくことすら忌避していた。
 けれども今の義勇は、無惨に触れられることも、与えられる愉悦も、拒むことはない。そんな義勇の変化を思えば、笑みのひとつもこぼれるというものだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 何度誘おうと首を縦に振らなかった義勇が、ようやく無惨の誘いに応えたのは、出逢ってから一年もしてからだ。
作品名:青に溺れ、赤に染まる 作家名:オバ/OBA