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オニか、ヒトか。

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瞳を閉じて、心を無にする。

視覚を封じて研ぎ澄ませるのは、五感を超えた第六感ともいえる感覚。
それははっきりと区別して知覚できるものではない。
風の流れや空気のほんの些細な変化、相手の息遣い等。それを知らせるのは様々だ。

赤ん坊の頃から全盲だという悲鳴嶼殿には、あえて相談していなかった。
人に聞いたところで会得できるものではないのだろうと、直感でわかる。
時間をかけて、身体に馴染ませていくしかない。

猗窩座との再会以来、煉獄は日常生活において目を閉じていることが多くなった。
残った右目に頼っていては、彼の動きに追いつかない。
一日でも早く、死角を補える力をつけなくては。


「今日はここまでにしようぜ。大丈夫か、煉獄」


宇髄の声に、煉獄は右目を開いた。
久々の陽光が眼球に突き刺さり、目が眩む。


「ああ、少し感覚が掴めた気がするな。感謝する、宇髄」

「他でもないお前の頼みだ。いつでも相手になるぜ」


煉獄邸。
目を閉じたまま、体術に優れた元忍の宇髄に組み手を頼んでいた。
当然掴まれてばかりだったが、数をこなすうちに時折りかわしたり打ち払ったりできるようになり、迫ってくる覇気のようなものが少しわかったような気がする。

宇髄は気前よく笑ったが、何かもの言いたげな視線を向けてくる。
それを視線で問い返すと、少し思案してから真剣な表情で口を開いた。


「…なあ煉獄。片目を失ってまで、お前が鬼を狩り続ける必要はあるのか?」


守るべき存在が身近にある宇髄にとって、そういった疑問を抱くのは必然ともいえるだろう。

口元に微笑を浮かべたまま、煉獄は力強く頷いた。


「俺がいることで力のない者が一人でも多く助かるのならば、俺は鬼殺を続けるだろう」

「……、…そっか。」


宇髄が僅かに目を伏せると、屋敷のほうから千寿郎の声がかけられる。


「兄上、宇髄さん。お茶が入りましたよ」

「む。ありがとう、千寿郎!」


準備してくれたお茶が待っている縁側に宇髄と並んで座ると、千寿郎はぺこりとお辞儀をしてその場を離れた。
おそらく湯の支度をしに行ったのだろう。本当に気のまわる弟だ。


「茶菓子付きかよ!気遣いの達人だな…」

「ああ。自慢の弟だ」


お茶と一緒に盆に載せられた煎餅に感動する宇髄に、我がことのように嬉しくなり胸を反らせる。
そんな応酬に二人で笑いあい、煎餅を頬張った。

しばらくすると、宇髄がぽつりと呟く。


「…お前の生き方は、なんか刹那的だよな」


意図を掴みかねて隣を見遣るが、長身の男は視線を空に向けているだけで。

しかし、彼が言わんとしているところは、なんとなくだがわかる。


「心配をかけてすまない。…君の言うことは、正しいと思う」

「ーー……。」


否定をしないこちらに、宇髄は言葉を詰めてから嘆息をひとつ落とした。

生き急いでいるように見えているのだろう。
鬼狩りに人生を捧げ、後進の命の安全のためなら己は躊躇なく礎になる。
そしてそれは、概ね当たっているのだ。
強く生まれた者の責務を果たす。
そのために腕を磨いているのだから。

やれやれとばかりに、宇髄は大仰に項垂れた。


「言葉のまんま、粉骨砕身って感じで見てらんねぇぜ」

「それで若い芽が育つなら文句ないだろう」

「若いもんよりお前のほうが大事……てか、お前も十分若いんだよ!」

「それもそうだな。はっはっは」


笑って、ばりばりと煎餅をかじりうまい!とひと言放つと、ちょうど控えめな足音が廊下を鳴らし、千寿郎が顔を出した。


「失礼します。兄上、湯の支度が整いました。宇髄さんもお腹が落ち着きましたらどうぞ」

「お、有難い。んじゃ煉獄、一緒に入ろうぜ」

「遠慮しよう!湯船が壊れる!」

「いいじゃねえか。派手に壊そうぜ!」


空気を変えるように鷹揚に言うと、宇髄は煉獄の腕を引いて風呂場へと足を向けた。

作品名:オニか、ヒトか。 作家名:緋鴉