オニか、ヒトか。
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その日の夜。
特に新しい鬼の情報もなく担当地区の巡回にあたっていると、知っている気配を肌が感知した。
しかしここは街中。
まだここからは距離がありそうだが、今襲撃されては大勢の人や建物に被害が及ぶだろう。
人混みをすり抜け、足早に郊外に向かうと不意にその気配は間近に迫った。
まだ周囲には多くの人がいる。しかし一瞬の躊躇いが命取りだ。
抜刀し迎え撃とうと身を翻すと、雑踏の中から桃色の頭が覗いた。
が、そこで煉獄はぴたりと動きを止める。
「!」
「よう、杏寿郎。少し見ないあいだにまた強くなったな」
嬉しそうな声は、間違いなく彼のものだ。
しかしーー
「…君、その姿はどういった趣向だ」
頭髪は変わらず桃色だが、肌は血色のいい人間の色のそれだ。
顔面や腕にあった禍々しい刺青もなく、瞳にも数字は刻まれていない。
服装は商人か何かを模しているようで、往来の人々と比べても溶け込んでいる。
「うん?…ああ、探し物をしているときは大抵この姿だ。怪しまれたことはないが、どこかおかしいか?」
「いや、おかしくはないが違和感は計り知れないな」
「くはは!杏寿郎は素直だな」
こうして見ると普通の人間だ。
なるほど…上弦ともなると擬態の精度も相当なものとなるらしい。気をつけなくては。
上機嫌に笑ってみせるその犬歯も、今は短く目立たない。
「今日は任務とやらはないのか?」
「うむ。見回り中だ」
「ならば俺と話をしよう」
「見回り中だと言っただろう」
「鬼を見つけるための見回りなら、ここに鬼がいるじゃないか。捨て置いていいのか?」
にこにことなんとも楽しそうな笑顔で正面に回り込んでくる猗窩座に、足を止めざるを得なくなる。
「その辺の店にでも入ろう」
「断る。何を企んでいるか知らないが、鬼を街中に置いておくわけにはいかない」
彼からしたら、食糧に囲まれているこの状況。
少しでも気が変われば、この周辺は阿鼻叫喚に包まれるだろう。
「まったく。杏寿郎は相変わらずだな」
困ったように溜息を吐きつつも、やはり猗窩座は嬉しそうだ。
そして思いついたようにぱっと顔を上げた。
「お前が俺と店に行かないなら、俺はその辺の人間どもを食ってしまうかもしれないぞ」
「……」
不穏な発言にやや低い位置にある双眸を睨みつけると、猗窩座はにんまりと笑って適当な飯屋に足を向ける。
不承不承あとを追い、店に入るとそこはうどん屋だった。
慣れた様子で食卓に座る猗窩座の向かいに腰掛け、煉獄は声を抑えて抗議する。
「鬼が飲食店に入るなど、どうかしている」
「こういう場のほうが、人間は口がまわりやすくなるからな。ほら、何か頼め」
なんでもないことのように言ってのける相手が不可解で、ちらりと視線を投げる。
「…人の食べ物の匂いは、不快ではないのか」
「別に。慣れた」
「……」
気を遣ってやる必要もないのだが、そういう鬼は多い。
しかし周囲から漂う麺つゆの香りに耐え忍ぶ様子もない。…どちらかというと、俺の腹の虫が耐えられそうにない。
素直に店の者にうどんを注文し、先ほどから気になっていたことを訊ねた。