奏でろヴィヴァーチェ・コンブリオ
窓の正面で構えていたレイヴンに抱きとめられ、巻き込み、部屋の中へと乱雑に落ちる。ユーリの下敷きになっているレイヴンが、さっすが、と言うので、ふざんけんなと身を起こして拳を作り、その心臓の部分をこつん、と叩いた。レイヴンは笑う。
「相変わらず綺麗な動きするねぇ」
「こんな状況で言われても、嬉しくない。あんた、だいぶ前から気づいてただろ」
「いや、どうするかなって思って」
「はぁっ・・・、信じらんねぇ」
ユーリは汗で肌に張り付いた髪を振りほどきながら、呼吸を整えた。まだ心臓がどくどくと波打っていて、うるさい。レイヴンは開いたままの窓を閉めるべく起き上がり、外の気配を確認しながら、ゆっくりと慎重に閉めた。それを見て、ユーリはこれでしばらくは安心かと、息を大きく吸って、吐いた。
「ちょっとここで身を潜めてれば、なんとかなるでしょ」
「あの人数洒落になんねぇぞ」
「それほどユーリの実力がすごいってことよ。胸張ったら?」
「素直に喜べねぇよ、ここまでくると」
レイヴンは座り込んでいるユーリの隣に腰を下ろして、呼吸が落ち着いてきたユーリの背中をゆっくりとさすり出した。大きな手が少しだけしっとりと汗で湿った衣服の上を撫でている。ユーリは喉に絡む痰に咳き込みながら、ゆっくりと落ち着いていった。汗で張り付く前髪を右手で掻きあげて、隣に居るレイヴンを見やる。
「エステルたちは?」
「宿屋。買い物も終わってユーリを探すって聞かないから、とりあえずおっさんとジュディスちゃんが探してくるって言い止めた。賢くしてくれてるといいんだけど」
「リタとラピードがいるだろ」
「うん、多分気づいてるだろうから、よろしく言っといた」
「ジュディは?」
「んー、もうそろそろ、だな」
「?」
レイヴンの曖昧な言葉にユーリが首を傾げたと同時に、建物や地面を揺らすほどの轟音が聞こえて、ユーリは身体を震えさせた。レイヴンも驚いたかのように目を見張ったけれど、すぐに口元を緩ませて、ジュディスちゃんやりすぎ、と笑う。
「・・・これ、ジュディが?」
「近くにね、ヘルメス式の魔導器があるから、ついでにユーリを追ってる奴らをひきつけて、どかーんとやっちゃって、って」
「言ったのか!?」
「そう。リタっちはものすごく怒ったけど、言い聞かせたら渋々頷いたし。だって、あのまんまじゃ大変だったでしょう?」
ユーリは唖然としながら、レイヴンを見る。当の本人は愉快なのか、楽しそうに口元を歪めながら、ほら、とユーリに手を差し出してきた。意味が分からず目を瞬くと、手乗せて、と言うので右手を大人しく乗せてみる。すると、そのまま自分の唇へと寄せ、それをユーリの手の甲に押し当てた。一瞬の出来事。だけど手の甲に残るしっとりとした柔らかい感触に、顔をゆっくりと上げたレイヴンに、ユーリは開いた口が塞がらない。ユーリの様をレイヴンは面白そうに笑い、手を持ったまま立ち上がった。
「共犯者、ということで。さあお姫様、行きましょ」
「・・・・・・だれが姫だ。というか、共犯者って、」
「魔導器とその周辺を壊すことに手を貸したでしょう」
「それはおっさんとジュディが勝手にしたことだろ!」
「んー、せっかく助けてあげたのになー。もっかい、鬼ごっこする?」
「・・・・・・。」
ユーリは低く、性質わりぃ、と呟く。それを聞かないふりをして歩き出したレイヴンに手を引かれながら、ユーリは先ほど押し付けられた手の甲を一瞥して、ため息を付いた。
言いたいことはあるが、とりあえず鬼ごっこが終わったのならもういいか、とユーリは肩の力を抜いた。そして、楽しそうに歩くレイヴンの手をほんの少しだけ、握り返した。
奏でろヴィヴァーチェ・コンブリオ
作品名:奏でろヴィヴァーチェ・コンブリオ 作家名:水乃