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特別訓練

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目のやり場に困りつつ、煉獄は小さな声で訊ねる。


「…本当にこれが特訓になるのか?」

「一度でどうにかなるもんじゃねえからな。積み重ねていけば間違いねえよ」

「なるほど。積み重ね…」


積み重ね…
こ、これを積み重ねるのか…!

とんでもなく高い壁に感じてしまうのは、やはり俺が慣れていないせいなのだろうか…
いそいそと身なりを整えながら、半ば絶望する。


「そんなに深刻な顔すんなって」


ぽんぽんと肩を叩かれて顔を上げると、なんでもないことのように明るく笑う宇髄がいて。


「これで煉獄も、俺に触れることに少しは遠慮がなくなるだろ?」

「…それはわからないな。寧ろ逆かもしれん」


逡巡して、苦笑する。


「君に触れたら、変に意識してしまうかもしれない。不審な態度をとったらすまない」

「……それはそれでいいな」

「…そうか?しかしそれでは周りがーー」

「いや派手にいい!意識して平常じゃなくなる煉獄なんて最高じゃねえか!」


鼻息も荒く目をキラキラさせる同僚が、少し心配になってくる。


「少し顔を赤らめて、やめてくれないかとか煉獄に言われる日がくるかと思うと…」

「だ、大丈夫か。宇髄…」


瞳は何か希望を見出したかのように輝いているのに、低い声で呪文のようにぶつぶつと呟いている様は正直恐ろしい。
控えめに声をかけると、すっと宇髄は真顔に戻った。


「…煉獄」

「どうした」

「もう一回しよう」

「しない」


即答するこちらに、宇髄は絶句した。


「なんでだよ!こういうのは回数踏んで慣らしていくもんだろ!?」

「す、少し落ち着け!俺のベルトを外そうとするな!」


ベルトに伸びてくる手から回避しようと背を向けて立ち上がるが、長い腕が腰にまとわりつき、うまく立てずに四つん這いになる。

手で畳を這って逃げようとするが、宇髄は腰……否、尻から離れてはくれない。


「逃げるなって!やっぱり男に触られるの悦くなかったのか!?」

「そこで喋らないでくれ!」


僅かに前進するものの、引きずられる形でついてくる宇髄の顔が尻に当たって落ち着かない。
どうにかして脱出しようと身を捩り、なんとか身体を反転させて宇髄の腕を腰から膝に移動させることに成功した。


「理由を言ってくれなきゃ離さねえ!」

「き、君の手が気持ち良すぎるからだ!こんなこと一日に何度もしてはいけない!」

「…!」


真っ赤な顔を自覚しつつ言い切ると、宇髄はこちらを凝視してまたもや絶句した。

今が好機とばかりに踵を蹴って後退しようとしたとき。
音柱の俊敏さをもって、宇髄に膝を腕に抱き込むように引き寄せられ、股間に顔を埋められた。


「!?」

「…煉獄、お前ダメだろそれ……可愛すぎる」


……俺の股ぐらに宇髄が顔を突っ込んでいる。
加えて何やら深呼吸でもするような背の動き……か、嗅いでいる。

雷に打たれたような衝撃とともに、羞恥が限界値を超えた。
両手で拳骨をつくり、宇髄のこめかみに当てがうと渾身の力で減り込ませる。


「いぎぎぎぎっ」


さすがの祭りの神も相当痛かったようで、言葉にならない呻き声を漏らして昏倒した。


宇髄はうつ伏せで。
煉獄は天井を仰いで。

両者ぜーはーと肩で息をしながらぐったりする。


「宇髄、落ち着いたか…?」

「おう…、取り乱して悪い。……なあ煉獄」

「なんだ」


呼びかけに短く応じると、むくりと宇髄が顔を上げた。


「俺、頑張るわ。お前に変な気起こす奴等を一掃する」


真摯な声音が先刻までの姿とあまりに異なって見え、煉獄は思わず笑いながら首肯を返した。


「ああ。お手柔らかに頼むぞ」

「任せろ。お前の笑顔は俺が守る」

「大袈裟だな、君は」

「神は大袈裟なくらいがちょうどいいんだよ」


昼下がりの薄暗い一室。
締め切られた障子から、二人の笑い声が溢れていた。


fin.
作品名:特別訓練 作家名:緋鴉