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まぼろし

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美しいものを美しいと、当たり前に述べることを嫌った。
刀を愛し、人、なるものを愛することは、随分と前に辞めたらしい。
心は閉ざされ、夜にはまるで融けるようにして、男の影は深くなる。



夜の帳が降り、まどろみにいざなわれる淵で、ふと、生ぬるい気配を皮膚で感じ、瞼をひらく。かたいソファの上、仰向けの身体の眼前にあるのは、漆黒の髪である。月光を背に、はらりとひとふさ、それを持つ男の頬に落ちた。
一度光を失い、そうして再び得たものから来る、悲しみとも、怒りとも、憎しみとも、虚無とも、激昂とも、何にも似つかない、混沌の色をした双眸が、漆黒とはまるで対照的であった。夜の鴉のように、羽根の音もなく、男は銀時の身体の上に乗り上げ、しかしそれ以上は何も、動き一つ、みせることはない。
静寂と、ふいに感じる緊迫と、それ以上の懐かしさはまた、仕方のないことだった。

向かって右側の包帯に、煤けた汚れがある。自分の倍は白いであろう皮膚に、その汚れはひどく目立って見えた。銀時は、未だ覚束ない意識のなかで、右腕をそっと持ち上げ、骨ばった指先で男の頬に触れる。女のそれより当然硬くはあるが、男のそれよりはよほどましのような、半端な感触が、皮膚を通して脳に伝う。
そのやわい頬が、死人のように冷えていることには、目を瞑った。

普段から建てつけの悪い窓が、見事に開ききっているのを横目で見て、こんなところから入ってきたのか、と少しばかり呆れる。お前は本当に、あの黒い鳥に似ているな、と言いかけて、そのようなこと言ってみたところで、男に何か与られるわけでもなしと、嚥下し、噤んだ。恐らく誰にも知らせず、一人でやってきたのだろう。男以外の気配はどこにも感じられず、しかしそれは銀時が望むことであった。隣の部屋には、子供達がいる。気付かない振りなどは、なるべくさせたくないのだ。子供達は随分と、大人になってしまった。それもまた、銀時が望むことであった。

以前より一層、薄くなった皮膚は、一度爪をたてたら最後、ものの見事に両断されてしまうのではないかとまごう程度には頼りない。だが恐らく本当に爪を立ててみせれば、きっと傷一つ付けられないそれが、現実だろう。
暫く見ないうち、随分と痩せてしまった。首から下にかけて、よく伺えるのは鎖骨から胸元にかけてだが――傷ひとつないかわり、浮き出た骨は殊更痛々しい。前はもう少し、皮の下に血肉が詰まっていそうだったのになあ。お前は誰かさんのように変革を望んではいないはずなのに、つい今しがたの姿はもう此処に無い。破壊を望むお前が、何故変わる必要があるのだろう。
耳元で、遠く、風が凪ぐ音が聞こえたようだ。もう思い出せないほど遠い過去、昔話のあの頃、同じようにして夜……交わしたものがあったはずだ。

つう、と、銀時が目を細めると同時に、男はなんの意思も伝わらぬ手つきで、首筋に指を這わせた。浮き出た喉仏のあたりで、ほんの一瞬の戯れのようなそれは仕舞われる。少しのびていたその爪に、首を掻き切るほどの力があれば、きっと男は銀時を、殺していた。躊躇いは残さず、ひと思いで、苦しむ隙は与えないほど鮮やかに。そういう男だった。

「いいのか」

此処にいていいのか。帰らなくていいのか。――殺さなくていいのか。
掛ける言葉はどこにも落ちていないから、拾い上げることも出来ない。掛けるべき言葉は普段、どこにだって、少し端へと目をやれば転がっているはずのものだ。それなのに、この男には、何もない。なにが当たり前かなど、もうなくなっている。
当たり前に掛けてやれる言葉を全て置き去りにして、今、此処にいるのかもしれない。

きっとお前は、俺のことを、冷たい男だと思っているだろう。恐ろしい男だと思っているだろう。その程度のものかと、その程度で諦められるのかと、今すぐにでも慟哭を吐き出してしまいたいだろう。
混沌を宿す双眸の奥に在るのは、俺に対する殺意がほとんどだと、お前は無言で伝えているのだ。
なあ、それなのに、なんでお前は今、此処にいる。

「高杉」
「なあ高杉」
「なんで何も言わねえんだよ」


死を望む一言ぐらい、あったっていいだろうに。

作品名:まぼろし 作家名:knm/lily