まぼろし
いつの間にか、夜に融けた男は姿を消し、朝日がほんの少しだけ顔を見せていた。
一度の言葉さえなく、まるで幻のように現れた男。痕跡は一つもなく、本当に幻影であったのかもしれないと、銀時は覚め切った目をまた閉じる。
首筋にピリ、と、痛みが走ったのはその時だった。
怪訝に思いながら、痛んだ場所にそっと触れると、そこには確かに、気付かないほどちいさな傷があるのが分かった。恐らく糸の上に斑点が走るような、僅かな血が流れているだろう。触れた先を伺えば、赤い液体が指へまとわりついている。
それは証明だった。確かな存在を、知らせるための、証明に違いなかった。
なあ高杉、俺はいつかお前を殺さなきゃならない日がくるかもしれない。おざなりで稚拙な愛を語ったこの口で、いつかのお前を否定する日がくるかもしれない。それでもお前はこうして俺を、俺の存在を求めにやってくるのか。言葉一つ交わすことなく、俺の存在を視認するだけで、お前はそれで本当にいいのだろうか。
美しいものを美しいと、当たり前に述べることを嫌った。
刀を愛し、人、なるものを愛することは、随分と前に辞めたらしい。
自分が流しているはずの血が、まるで高杉のもののように思え、目を伏せながらそっと、拳を握った。