Hush a Bye Baby
義勇の言葉はいつでも唐突すぎる。だから誤解されるんですよとは先輩であるしのぶの言だ。同意しかない。本当はとてもやさしいのに多くの人から誤解されるのは、義勇の口下手が災いしているのは否めなかった。
だけど炭治郎は、義勇の言葉が気に触ったことなど、一度もない。
だって。
「どれだけ歳を重ねても、先生は生徒からすれば先に立って生きるものだ。いくつになったって頼っていい。親にも言えずに苦しいときは、先生を頼れ。……こういうときは、先生にぐらいは甘えてくれ」
いつでも義勇の言葉選びは上手じゃない。けれどうまいなぁと思わせるから、うれしくなって困ってしまう。お願いされたら断れないじゃないですかと、泣きそうな顔で炭治郎は笑った。
「はい……」
竈門家の現状を、義勇がどこまで知っているのかはわからない。一年の担当教師から禰豆子が休んでいることが伝わっているとしても、母まで寝込んでいるなど炭治郎は誰にも言っていないし、中等部でも竹雄や花子も口にはしていないだろう。そういうところは、二人とも炭治郎によく似ている。人に心配をかけまいと笑うのは、竈門家の習性だ。
眠くてどうしようもなかったはずなのに、ときめきに高鳴る鼓動が邪魔で、素直に眠りの底に落ちることができない。もぞりと身じろげば、トンッと背中をやさしくたたかれた。
トン、トンッと、穏やかなリズムで大きな手が背をたたく。赤ん坊を寝かしつけるみたいに。
なんだか妙におかしくなって、いっそ子守唄も歌ってくれないかなと思ったそのとき、頭のうえからささやくような声音が落ちてきた。
ねんねんころりよ おころりよ
やわらかい声は、聞き取りにくいぐらいに小さい。やさしくてあたたかなメロディー。義勇が歌っている。とっさに目を見開いたぐらいの衝撃は、けれど、途端にふくれあがった不思議な安堵に押しやられた。たちまち瞼が重くなり、とろとろとした眠りの波が炭治郎をさらう。
義勇の太ももは固い。枕としてはあまり寝心地がよくない部類に入る。けれど、肌に伝わる体温に、途方もなく安心できた。トン、トンッと、炭治郎の丸めた背をたたく大きな手のひら。やさしい子守唄。全部、義勇だからうれしい。義勇だから、甘えていいんだと思えた。
眠い。安心する。この温もりが、好き。大好き。
「好き……」
意識が途切れる前にぽつりと呟いた声は、無意識だ。
パチリと目を見開いた義勇が、めずらしくも頬を染め、頭のなかで必死に素数を数えていたことも、炭治郎は知らない。
やさしい大好きな温もりに触れて、安らかな寝息を立てていたから。
起きたらもうひと頑張り。見守ってくれる人がいるから、きっと大丈夫。家のことも進学も、今だけは忘れていよう。眠くて眠くてしかたないから。安心して甘えなさいと、大好きな人が言ってくれるから。
もしも、卒業したら行きたい本当の場所はねと告げたら、このやさしい人はどんな顔をするんだろう。でもそれも、考えるのはまた今度。勇気のゲージが満タンになったら、きっと伝えてみせるから、それまで待ってて。
大人になった今日、甘えていい人に子供みたいに体をあずけて、今はただ、やわらかくて甘い眠りにすべてを委ねた。
作品名:Hush a Bye Baby 作家名:オバ/OBA