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残念ながら手遅れです、覚悟はいいですか

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 その日は義勇さんが出かけると言うので、俺は宇髄さんのところで稽古させてもらうことにした。基本的な体力はいくらあったって損はしないし、久々に雛鶴さんたちにも逢いたかったから。
 料理自慢は嘘じゃないけど、作れる種類はそんなに多くない。義勇さんにご飯を作るようになってから、そろそろ俺が作れる料理の献立も底をついてきてた。

 それぐらいいっぱい俺の料理を食べてもらったってことだから、うれしい悩みではあったけど、困っていたのも確かだ。雛鶴さんたちに新しい献立を教えてもらえれば一石二鳥。そう思った。

 今日は義勇さんがお出かけでと告げた俺に、あぁ! と、明るい声をあげた須磨さんは悪くない。
 それでも、水柱様は今日お見合いだものねと笑って言った須磨さんの声は、俺の呼吸を一瞬止めるだけの威力を持っていた。
 お相手は鬼殺隊の支援をしてくれている資産家のお嬢さんだとか。鬼に襲われかけたところを義勇さんに助けられただとか。とてもきれいで求婚者が後を絶たないほどの人だとか。
 キャッキャと弾んだ声でうれしげに話す須磨さんの言葉は全部、どこか遠くで聞こえた。色を無くしていたらしい俺の顔色を心配して、どうしたのと尋ねてくれた雛鶴さんの声も、具合が悪いなら休んでいけばと気を遣ってくれるまきをさんの声も。すべてが遠くて、グラグラと地面が揺れているような気がした。

 それから先は、よく覚えていない。気がついたら俺は義勇さんの屋敷に戻っていて、ぼんやりと縁側に座り込んでた。
 わかってると思っていたはずなのに、俺は全然わかっちゃいなかった。恋をしているのは俺だけ。義勇さんは俺が弟弟子だから、やさしくしてくれるだけなんだってことを、忘れていた。

 義勇さんにご飯を作るのも、一緒にご飯を食べるのも。義勇さんの背中を流してあげるのや、濡れた髪を拭ってあげるのも。一つの布団で寄り添い合って眠るのも。みんなみんな、今だけのこと。
 稽古中はともかく、それ以外はいつだって、義勇さんからはやさしい匂いがしてたから。ときどき、うれしそうな匂いや楽しそうな匂いもしていたから。日を追うごとに、そんな匂いは強くなっていったから。だから錯覚してたんだ。義勇さんと恋仲になれたような気がしてた。
 そんなこと、あるはずないのに。
 悲しくて、苦しくて。俺の代わりに義勇さんとともに過ごす誰かがいることが、嫌で嫌でたまらない。泣いて縋って、俺だけ見てくださいと言ってしまいたい。義勇さんを俺から取らないでと、お見合い相手だという人に喚いてしまいたい。
 そんなこと、絶対にできるはずもないのに。

 そして不意に思い出したのは、命の期限。ふたたび鬼が出現したそのときが、きっと無惨との決戦になるだろうとのお館様の読みが確かなら、その日が俺の命日になる可能性は高い。
 もしも、討伐戦を生き延びられたとしても、だ。俺には命を削る痣が出ている。いずれにしても俺に残された時間は十年間。この先十年生きるとして、きっと俺はその十年間、義勇さんを想い続けて生きるだろう。嫌いになんてなれないし、義勇さんが誰かと結婚しても、恋心はきっと消えてなんてくれやしない。
 十年しかない。でも、十年もある。まだ十五年しか生きてない俺からすれば、想うだけの十年は、途方もなく長い気がする。一緒にいられる時間としてはあまりにも短いけれど、一人で想い続けるだけの日々としては、十年はあまりにも長い。
 そんな十年を過ごすためには、もっともっと想い出が欲しい。思い返して幸せだったと思えるように。
 義勇さんの声、義勇さんの笑顔、義勇さんの匂い、義勇さんの体温。もっと、もっと、知りたい。死ぬまで覚えていられるように。
 義勇さんの手に触れられたい。義勇さんの匂いに包まれたい。十年、その想い出だけで生きていけるように、たった一度だけでいいから。

 だから。

 かなり悲壮な覚悟で挑んだのだ。頼んだところで、こんな傷だらけで固い俺の体に義勇さんが欲情してくれるなんてこと、あるわけがないって本当は思っていたし。
 なだめられて断られるならまだいい。おまえはそんな目で兄弟子を見ていたのかと、嫌悪されて侮蔑の目で見られたら、腹を切りたくなるだろうなと、泣くのをこらえて告白した。
 衆道の経験なんて俺にあるわけがない。というか、衆道だの男色だのという言葉さえ、遊郭の女の子たちからの文で初めて知ったほどなので、いったいどうすればいいのかさえわからなくて。万が一義勇さんが断らずに抱いてくれたなら、万事、義勇さんの言うとおりにしようと思ってた。義勇さんはやさしいから、無体な真似はしないだろう。きっと褥(しとね)でも俺を正しく導いてくれるはずだ。
 布団の上で正座して、三つ指ついて頭を下げたのは、以前、善逸が男の夢と言っていたのを参考にした。もちろん善逸が言っていたのには「かわいい女の子が」という言葉がついていたけれど。少しでも義勇さんの興が乗るなら、なんでも試そうと思ったから。

 義勇さんしかいらないんです。義勇さんのお好きなようにしてください。義勇さんに抱いてもらえないなら、俺はいっそ誰の肌も知らずに死にたい。義勇さんが抱いてくれてもくれなくても、義勇さん以外の誰にも触れられずにいたことを、自分に誇って死にたいんです。

 我ながら重い。悲愴感に満ち満ちた告白だと自分でも思う。
 それでも、きっと断られると思っていた。男なぞ抱けるわけがないと言われるだろうと。

 それなのに。

 抱き寄せてくれた手。抱き締めてくれる腕。包み込まれる情欲の匂い。耳をくすぐった熱い息。言葉で答えてくれるより先に吸われた唇。
 覚えておきたくてお願いしたことなのに、頭がふわふわクラクラして、最中のことは、じつはよく覚えていない。あんまり気持ちよくて。あまりにも幸せで。
 結果としてやっぱり義勇さんはやさしくて、ちゃんと俺を導いてくれた。
 俺は義勇さんの言うとおりにしているだけでよかった。なにもかも義勇さんがしてくれたから。それだけで、途方もなく気持ちよくなれたのだから、やっぱり義勇さんはすごい。
 おまけに、ただ一度だけのお情けだと思ったのに、義勇さんは、俺はおまえがかわいいと言ってくれた。おまえが愛おしいって言ってくれた。見合いはその場で断ったとも。
 幸せで。どうしようもなく、途轍もなく、ただただ幸せで。
 十年生きられても生きられなくても、義勇さんとの恋が俺の最初で最後の恋で、義勇さんが俺の最初で最後の人。
 その幸せが、今も続いている。まるで夢のように。



「えっと……そんな感じなんですけど。俺の義勇さんへの想いって」

 蝶屋敷でお館様発案の問診を受けてきたという義勇さんは、帰ってきたときからなんだか暗かった。悩みを解決するための問診だと聞いていたけれど、出かける前よりずっと悩んでいるような雰囲気だったから心配していたんだけど。
 いつものように布団に入ろうとしたら、その前に話があると言われて布団の上で向き合って正座したのは、半時(一時間)ほど前のこと。