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いのちみじかし 前編

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 初めて出逢った柱合会議でしか、義勇は、煉獄自身の口から先代炎柱の現況を聞いたことがない。実際に義勇が知る先代の様子も、煉獄の言葉を裏付け、噂は真実であることを示していた。
 しだいに気力を失い酒に溺れていく父を、どんな目で幼い兄弟が見つめてきたのか。柱の責務を放棄した先代への口さがない言葉に、傷つけられることも少なくはなかったろう。隊士になってからは、なおさらかもしれない。
 それでも煉獄は、一人竹刀を振り続け、誰にも見せぬ能を舞い、柱にまで登りつめた。悲嘆も焦燥も孤独感も、泣き言一つ漏らさず飲み込んで、人前では快活に笑ってみせながら。

 改めて、炎柱の雅号を継ぐ家という重さを、義勇は深く考える。貧富の差はあれど、刀になど縁のない家に生まれた者ばかりの鬼殺隊のなかで、煉獄の存在は思えば異質だ。また義勇の脳裏に浮かんだ孤高という言葉は、今度は言いようのないやるせなさを伴っていた。
 自分とは、やっぱり違う。己と煉獄との違いは、先までとは異なる悲しさで、義勇の胸を締めつけた。
 姉に溺愛され育ったから、義勇が、両親がいない寂しさを感じたことはほとんどない。思い出の場所に行くたび、どれだけ両親が義勇をかわいがっていたのかを姉が語り聞かせてくれたから、両親の愛情を疑うこともなかった。
 煉獄が愛されず育ったとは思わない。煉獄の為人(ひととなり)を見ていればわかる。だが、義勇のような子供らしい思い出は、煉獄のなかにあるのだろうか。
 しかたのないことと割り切るにはどうにもやりきれず、とどのつまりは無惨という鬼に煉獄の人生は定められたのだという事実に、改めて無惨への憤りも感じた。だが。

『覚えていてね、義勇。お父様とお母様にはもう逢えないけれど、忘れなければ消えることはないの。だからいっぱい思い出してあげて。約束、ね?』

 姉と小指を絡めあって交わした約束を、思い出させてくれたのは煉獄だ。煉獄自身にはそんな意識はないかもしれないが、借りは返さねばならない。
 いや、そうじゃない。
 煉獄の輝く笑みのまぶしさに目を細めながら、義勇は、心の底から湧き上がってくる本音を認めた。
 ただ笑っていてほしいのだ。煉獄は今日が誕生日だと言ったではないか。無粋で面白みなど皆無な自分が連れでは申しわけないかぎりだが、それでも知ったからには祝いたい。
 煉獄が生まれたことをただ寿ぎ、生きる喜びに顔をほころばせるのを見ていたかった。忘れえぬ思い出になれたらなどと、思い上がったことは願わない。それでもせめて今日だけは、置き去りにしてきただろう子供時代を取り戻させてやりたい。無邪気な子供のように、今日だけは、煉獄に笑っていてもらうのだ。義勇は決意に唇を引き結んだ。
 憐れみや怒りはいらない。煉獄が望むものなど想像もつかないが、少なくとも同情を与えられることを良しとする男ではないのは、知っている。

 力不足は重々承知の上であったが、抑えがたい使命感に突き動かされ、義勇の口数も多くなる。今日ばかりは煉獄を楽しませねばと、煉獄に問われるたび、義勇は姉との思い出を語った。
 小さな山雀がピョンピョンと飛び跳ね芸をする様に相好を崩し、うちで飼えればさぞ千寿郎が喜ぶだろうと言うのに、俺も飼いたいとねだって姉を困らせたと答えれば、煉獄はいっそう幸せそうに笑う。あれだけ利口なら鴉にも慣れてくれそうだ、指に止まったらかわいいだろうなと、童心をあらわに笑う煉獄の顔には、なんの憂いもなかった。
 花園(植物園)だった名残りか繚乱と咲く春牡丹に目を輝かせるのには、芍薬との見分け方を姉から習ったと告げ、ひとしきり質問攻めにあった。香るのが芍薬、あまり香りがしないのが牡丹。単純な見分け方にも、煉獄はやたらと感心するから少し照れくさい。
 母の形見に父から贈られた舶来ものの薔薇の香水があり、姉がこっそりとつけていたことを教えれば、煉獄は少しだけ遠い目をして、俺も母上に贈ってみたかったなと、微笑んでいた。母上には薔薇よりも百合のほうが似合いそうだ、母上はいつでも凛としてまるで百合の花のようだったから。どこか誇らしげな笑みで言った煉獄に、きっと喜ばれたと思うと義勇がうなずくと、いっそう破顔する。
 自慢に聞こえねばいいがとヒヤヒヤしつつ紡ぐ義勇の言葉に、煉獄は、楽しげな笑みを崩さない。口下手な義勇の物言いは、声の小ささも相まって要領を得ないものも多かろうに、煉獄はただ幸せそうに笑うのだ。その笑みを向けられるたび、義勇の胸にも、少しの寂しさがまじる甘やかな歓喜が、ふつふつと湧き上がる。
 楽しいと、素直に思うことももう何年ぶりか。両親と姉の思い出に、煉獄の今日の笑顔が重なって、幸せな記憶がいっそう彩られていく。
 今日は、俺にとってこそ、素晴らしい日になるかもしれない。自身の思い出をたどるなかで、煉獄の思い出もまた知っていく。鬼狩りの道を歩まなければ重なることのなかった二人の軌跡が、思い出が重なり合い、まるで幼いころからともにそばにいたような気さえする。それはひどく幸せなことに思えた。
 煉獄へと向ける義勇の目は、常にはないやわらかな光を帯びていた。
作品名:いのちみじかし 前編 作家名:オバ/OBA