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いのちみじかし 前編

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 カラカラと笑う顔には、言葉ほどの羞恥は感じられない。とはいえ嘘はないのだろう。
「煉獄なら、能も達者にこなせそうだが……」
 剣と能では、たとえ力の入れ具合などの類似性はあっても、やはり勝手が違うのだろうか。浮かんだ疑問を素直に口にすれば、煉獄の頬がまた淡く染まった。
「土っ」
 勢い込んで裏返った声音に義勇も驚いたが、当の本人である煉獄の動転は、義勇の比ではないようだ。言葉を飲み込み、んんっ、とめずらしくも空咳などする煉獄を、義勇はポカンと見つめた。
「そ、その……土蜘蛛なら、見た目も派手で、能楽に親しんでいなくても楽しめると思う。あ、衣装や面はないが、蜘蛛の糸ならあるぞ! 能を習った先生からいただいたもので、いくつか投げてしまったが、まだ残ってるんだ! うまく広がるように投げると本当に痛快で、すっきりするぞ! 冨岡も投げてみれば気晴らしになると思う!」
 ワッとまくし立てるのは照れ隠しだろうか。かわいいところがあるのだなと微笑ましさを覚えたが、同時に蜘蛛の糸を投げる煉獄の心境を想像し、義勇の胸が小さくうずく。
 煉獄の笑みはどこまでも明るい。けれどもその明るさこそが、義勇にはなにがなし悲しかった。
「……土蜘蛛というと、源頼光(みなもとのらいこう)か」
「うむ! 有名な演目だからな、冨岡も知っているか! 鬼退治ものの代表格だな。能を習いだしてから、歌舞伎や浄瑠璃にも興味が湧いて観るようになったが、鬼退治を題材にした演目は意外と多いぞ。初めて土蜘蛛の精が舞台中に糸を撒き散らしたのを見たときにも、心弾みもしたが、もしもあんな血鬼術を使う鬼と出遭ったらどう戦えばいいかと悩んだものだ。実際の鬼とはまるで違うし、俺の舞いでは得られるものも少ないだろうが、その……冨岡さえよければ、一度、うちにこないか……?」
 どこか恥じらいを浮かべて伺いを立てる煉獄に、義勇は、我知らず眉をひそめた。
「なぜ?」
 弟にすら見られるのは恥ずかしいと煉獄は言ったではないか。なのになぜ自分を誘うのだろう。
 たちまち落ちる煉獄の肩に落胆っぷりを見てとり、義勇は少々慌てた。また言葉を選びそこねたのかもしれない。自己嫌悪に義勇はわずかにうつむいた。
 きっと煉獄は鍛錬の一環として、義勇のためにもなると思い誘ってくれたのだろう。有り難い申し出だと感謝すべきだし、煉獄の舞いに関心があるのも確かだ。だが、気後れするのは否めない。仮初の柱でしかない自分が、代々炎柱の屋敷としてある煉獄家に、さも煉獄と肩を並べる水柱として招かれるなど、どうにも罪悪感が刺激されてしかたがなかった。
「埒もないことを言ってすまなかった」
 答えあぐねているうちに、煉獄の落ち着いた声がして、義勇はそろりと顔を上げた。煉獄は笑っている。けれどその笑みには、かすかな寂寥が感じられた。
「……ようやく君と過ごせる遊興の時間を持てたというのに、どうしても鬼狩りの話になってしまうな! 行こうか。姉上とは山雀の芸も見たんだろう? 俺たちも見よう!」
 言われ、義勇は小さくうなずいた。煉獄の笑みはいつだって日輪の如くにまばゆいのに、悲しいだなどと感じる日がくるとは、思いもしなかった。
 一人、誰の目にもつかぬように舞い、蜘蛛の糸を投げる煉獄を、義勇は思い浮かべる。鬱屈を人に見せることなく、己の胸だけに押し込めて、煉獄は笑うのだ。
 いったいいつから、どんなときに、一人で舞っていたのだろう。つらくはなかったか。寂しくないのか。聞いてはならぬことだとわかるから、義勇はただ静かに煉獄を見つめ返す。
 不憫だなどと思うこと自体が、煉獄を侮辱している。思い上がりもはなはだしい。自嘲が義勇の口をつぐませた。
 姉を殺されて鬼殺の道を目指した自分と違い、煉獄は、物心ついたころから鬼狩りという過酷な道を歩んできたのだ。義勇よりもずっと幼いころから煉獄は、柱による指南のもとに鍛錬に励み、己も柱となるのを運命づけられている。義勇からすればそれは、うらやましいのと同時に、わずかばかり憐憫をも覚える環境だ。

『俺は君と違って普通の暮らしがよくわからん』

 煉獄は、どんな心境であの言葉を口にしたのか。義勇には、分別もつかぬころから覚悟を求められる生き方など、想像もつかない。
「我が家には小鳥がやってくることなど滅多にないからな。山雀も、母と初詣に行ったおりに、神社でおみくじを引くのを見たきりだ」
「……カルタ取りや、鐘つきもしていた。たしか、弓も引いたはずだ」
 小鳥のこない庭。理由はすぐに知れた。鎹鴉だ。鴉がいつく庭に、獲物となる小鳥はこない。
「そんなこともできるのか! すごいなっ、楽しみだ! 早く行こう!」
 義勇の手を引き足を早める煉獄の顔は、いつもより少し幼かった。もう先ほどの寂しげな色はどこにもない。
 子供のころ、姉の手を引き早く早くとせかした自分も、きっと同じ表情をしていただろう。思い義勇は、煉獄の白く広い背を見つめ、少し目を細めた。
 握る手にキュッと力を入れてみる。振り返りパチリとまばたいた煉獄が「すまん、またやってしまった」と照れ笑うのに、小さく首を振ってみせる。
 少しはにかんだ子供っぽい煉獄の笑みは、微笑ましいのと同じぐらい、義勇にはどうにも物悲しい。煉獄が真実こういった場所に不案内であるのが見て取れ、悲哀めいた感傷は、胸から消え去りそうになかった。
 憐憫など煉獄に対して失礼だ。何度思い振り払おうとしても、家族そろっての行楽になどまるで縁がなかっただろう煉獄の子供時代は、想像に難くなく、胸の奥が切なくうずく。
 子供のころから煉獄は、今と変わらず明るく公明正大で、将来を嘱望されていたに違いない。次代の炎柱との期待を背負って生まれ、そうあるべく育てられるなど、義勇にしてみれば想像を絶する環境だ。
 不満や疑念はなかったのだろうか。今の煉獄はそんなものを超越して見えるけれども、幼いころには、心の奥に寂しさや閉塞感を抱いたこともあったのではないだろうか。
 義勇を振り返り見る煉獄の、まぶしい笑顔を見つめながら、義勇が思い描くのは幼い煉獄の姿だ。
 苦もなく想像できる小さな煉獄は、小鳥一羽こない庭で真剣な顔に汗をちらしながら、一心に竹刀を振っている。きっと、現実と義勇の想像に差異はないだろう。だからこそ義勇は、少し悲しい。

 先代炎柱である煉獄の父の柱在籍歴は、今も存命の鱗滝や元鳴柱に比べれば、半分にも満たないと聞く。それでも、歴代の柱たちのなかでは群を抜いて長い。煉獄が生まれたときにはすでに柱だったはずだ。
 となれば、家族との団らんに費やせる時間など、ろくになかったことは明白だ。煉獄の記憶のなかには、家族総出での遊覧など存在しないだろう。父親との思い出は鍛錬ばかりだと言われても、納得せざるを得なかった。
 それでも母親がいるうちは、不満など微塵もいだいたことはなかったかもしれない。幼い煉獄はきっと、父への尊敬と憧憬を一心にいだき、鬼狩りへの道を邁進するばかりだったろう。だが、母を亡くしたのちは、どうだったのだろうか。
作品名:いのちみじかし 前編 作家名:オバ/OBA