二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

いのちみじかし 前編

INDEX|8ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 展望台をあとにして、活人形館へと向かう。残念ながら煉獄が期待した歌舞伎ものは空振りだ。それでも、名前のとおり生きた人そのままに見える精緻な人形は、見ごたえがあった。
 とはいえ、その精巧さこそが、幼子の目には空恐ろしく映るのだろう。興味津々に身を乗り出す父親の足にしがみつき、しきりにもう出ようよと訴える幼女の声は、いかにも怯えている。
 そんな親子連れの様子を目に止め、義勇は思わず追想に目を細めた。
「俺も、あの子のように姉の足にしがみついた」
「ふむ、たしかに幼子には恐ろしいかもしれんな。今にも動き出しそうだ」
 納得顔でうなずいた煉獄が、クスリと小さく笑う。
「冨岡が前に来たのは十だったか? さぞかしかわいらしかっただろうな。そのころに出逢っていれば、俺の足にもしがみついてもらえたのに残念だ!」
 煉獄はすこぶる上機嫌だが、義勇にしてみれば、心外なことこの上ない。
「俺が十なら、おまえは八つだろう。俺より小さな子にしがみついたりしない」
 少々へそを曲げた義勇の声は、覚えず子供じみて、すねたひびきをしていた。ねめつけるような視線をちらりと投げれば、煉獄はキョトンと目をしばたかせている。
「八つ?」
「俺は二十一だ」
「それは知っているが……あぁ、そうか! 炎柱を拝命したときに、宇髄に歳を聞かれ十八だと答えたな! 冨岡は二月生まれだろう? たしかにあのときは二つ違いだったな」
 楽しげに破顔した煉獄は、すぐに笑みを穏やかなものに変え、じっと義勇を見つめてきた。

「冨岡、俺は今日で二十歳になった」

 今度は義勇がキョトリとする番だ。不意打ちとしか言いようのない予想外の言葉に、義勇は少しばかり呆然とつぶやいた。
「今日……」
「うむ! 今日、五月十日で満二十歳だ!」
 なるほど、それならば四月の柱就任時には、十八で間違っていない。だが、翌月には一つ歳をとるのなら、十九だと答えればよかろうものを。どうやら、煉獄が変に生真面目さを発揮したが故の、勘違いだったらしい。
 年下であることに変わりはない。二つ違いが一つになっただけのことだ。それでもなんとなく、その差は義勇を奇妙に戸惑わせた。
「君より年下なのは変わらないからな。だからどうしたと言われそうだが……」
 苦笑の気配をわずかににじませた煉獄の、たわんだ目がひどくやさしい。昔、姉がいつでも義勇に向けてくれていた笑みに、少し似ている。姉と同じくらいやさしく義勇を見つめる煉獄の瞳には、けれども、いまだかつて誰からも注がれたことのない、焼き尽くされそうな熱があった。
 赤と金に彩られた煉獄の瞳は、燃え盛る炎を思わせる。この瞳に見つめられ、恋に身を焼く者もいるのだろうなとふと思い、義勇は、知らず視線をそらせた。
 なぜそんなことを思ったのだろう。ツキリと胸が痛んだ由は、義勇にもわからない。
 内心でうろたえはしても、義勇の表情はさして変わりはしなかったはずだ。それでもなにがしか察するものがあったのかもしれない。煉獄の苦笑が深まった。
「しがみついてくれとは言わんが、手はつないだままでもいいだろうか。祝い代わりにと言ったら、図々しいか?」
「……かまわないが」
 自分と手をつなぐことが祝いになるなど、到底思えるわけもなく、義勇は眼差しを煉獄に戻すと小さく首をかしげた。
 大声を注意するだけなら、方法はいくらでもある。大の男が童のように手をつなぎあうなど、めったにない事態だと思うのだが、やはり煉獄にとっては普通のことなのだろうか。
 義勇の困惑は消え失せることがなく、不可解な痛みの理由も知れぬままだ。だが、あまりにもうれしげな煉獄の笑顔を見ていると、べつにいいかと思いもする。
 深く考えるのは、後でいい。手をつないでいてほしいとは、義勇こそが願うところでもある。姉との思い出を一人でたどれば、心に刻まれた傷跡がいまだにジクジクと痛むのだ。熱い煉獄の手が自分の手を握っていてくれるから、目を背けていたあたたかい記憶から逃げ出さずにいられる。
「よかった! ありがとう、冨岡!」
 大きな声で言い笑う煉獄の手を、義勇はキュッと握りしめた。すぐに煉獄の口が閉じられ、精悍な顔に照れくさげな苦笑が浮かぶ。目は柔らかくたわんだままだ。瞳の奥にはまだ炎の如き熱がある。
 煉獄の大声に驚いたか、先の少女はますます父親の足にしっかとしがみついている。少女の視線は、もはや活人形よりも煉獄に釘付けだ。父親も目を丸くしてこちらを見ていた。
「どうも驚かせてしまったようだな。冨岡が教えてくれて助かった」
 煉獄の物言いはいたって素直だ。義勇は思わず言葉に詰まった。
 こういうときには、なんと言って答えるのが正解なんだろう。
 錆兎にならば、まったくだとからかい、笑ってみせることもできた。けれど煉獄にそこまで気安く振る舞うのはためらわれる。かといって、これしきのことを謙遜するのも妙な気がして、義勇は黙ったまま、そっとうつむいた。
 思えば幼いころからこんな具合だ。両親の遺産で暮らしている義勇と、家業の手伝いに忙しい農家の子供たちでは、時間も話もなかなか合わない。おかげで尋常小学校の級友とは、ほとんど遊ぶこともなかった。虐められることはなかったが、友と呼べる者には恵まれずにいた。改めて考えてみれば、ずいぶんと侘しい子供時代だ。
 けれど、姉がいればそれで十分義勇は満たされていたし、不満や反発はなかったように思う。義勇が心から友情を感じたのは、生まれてこの方、錆兎だけだ。
 だから、煉獄の友好的な笑みや言葉には、うれしい反面、いつも少し困ってしまう。まばゆすぎる太陽は、目がくらんで、いたたまれなくなる。あけっぴろげな好意には慣れていないのだ。積極的に嫌われてはいないとは思うが、なかなか周囲に馴染めない自分の性格ぐらい、義勇とて自覚している。
 不死川や伊黒が知ったのなら、こめかみに青筋を立てそうな義勇の自己認識ではあるが、指摘できる者などこの場にはいない。沈黙する義勇と、ほんの少し寂しげに眉尻を下げた煉獄のそばには、驚きに目を丸くした親子がいるだけだ。
 うつむいたままでいると、煉獄がふっと小さく息を吐きだす気配がした。かすかな吐息に淡い寂寥を感じ取り、慌てて義勇が顔を上げれば、煉獄は明るく笑っている。わずかに感じとったやるせなさなど、気のせいだとしか思えぬほどに朗らかな笑みだ。
「そろそろ行くか。姉上とは、奥山閣と活人形のほかにも見て回ったんだろう?」
「あぁ……西洋の操り人形や山雀(やまがら)の芸を見た記憶がある。最後に動物の檻を見て回ったはずだ」
 歩き回った順をはっきり覚えているわけではないが、最後に虎を見たのは記憶している。
 幼児の背ほども大きなペリカンや、二本足でピョンピョンと飛び跳ねるカンガルーとやらにも驚いたし、豪奢な羽を広げる孔雀にも目を見張ったが、もっとも印象深いのは虎だ。
 親子連れに驚かせた詫びを告げた煉獄が、行こうと手を引き、義勇に笑いかけてくる。笑んだその目にふと懐かしさを感じ、義勇は、ゆるくまばたきした。

 あぁ、そうか。あの日見た虎の瞳にも、煉獄の目は少し似ている。
作品名:いのちみじかし 前編 作家名:オバ/OBA