転変
(煉獄視点)
満月が明るく照らす、民家が立ち並ぶ町中。
煉獄は一体の小柄な鬼と対峙していた。
情報によれば、逃走に秀でた鬼だと聞く。
血鬼術の詳細は知らされておらず、相対した隊士は気付くと身動きが取れなくなってしまい、逃げ去る鬼を追うこともできないまま見失ってしまうのだとか。
暫く目撃されていなかったことから根城を移したのかと思われていたが、半月ほどしてまた出没したと報を受け、悪戯に被害を増やす前にと柱が派遣されたのだった。
まだ抜刀はしていない。
鬼は獣のようにやや前傾をとり、背中をたわませてこちらの出方を窺っている。
「……」
対する煉獄は、隻眼の右眼を閉じて佇んでいた。
…先程から、こちらを探る気配がもうひとつある。
民家はあるが、無論鬼の気配だ。
しかしそれはやけに希薄で、正面の鬼に注意を向ければたちまち霧散してしまいそうなほど。
僅かなその気配は、掴もうとすればするほど靄のように曖昧に感じる。
ざりっーー
眼前の鬼が更に姿勢を低くし、草履の裏が地面を擦った直後。
まるでそれを隠れ蓑にするかのように、凄まじい勢いで背後にもうひとつの気配が迫った。
流れる動作で煉獄は足を大きく開いて腰を落とし、居合の要領で日輪刀を鞘から走らせる。
「……むっ、」
しかし、刃が後方の鬼の頸を捉える前に身体が強制的に静止した。
まるで何かに縫い止められているかのように。
そこで初めて開眼し、視界の端に鬼の姿を認める。
外見は正面にいた鬼と瓜二つのもう一体の鬼。
そいつが、月光により地面に落ちたこちらの影を踏んでいるのだ。
ーーなるほど、影踏みか。
並の隊士では、このもう一方の鬼に気付くこともなく影を踏まれ、動けなくなってしまうといったところか。
夜でも影が出るほどの月明かりを必要とするため、月が細いあいだは身を隠していたのだろう。
そして案の定、これまで威嚇していただけの鬼は身を翻し、素早く闇に逃げていた。
「うむ。随分と甘く見られたものだな」
煉獄は口元に一度笑みを浮かべると、全身に血を送り込み筋肉を躍動させる。
血管を浮かび上がらせながら足を踏ん張り、地面に減り込まんばかりの勢いで思いきり身体を振り切った。
なんの技術も必要としない。
単純に筋力にものをいわせて、力任せに血鬼術の支配から逃れていく。
指先までは影の拘束も解けていない為、日輪刀は握り込んだまま。
ぐっと軸足を全力で踏み込み、振り返りざまに肘を鬼の側頭部に叩き込む。
まさかこちらが動けるとは思っていなかったのか、鬼は目を見開いたまま横薙ぎに吹っ飛ばされた。
影踏みから解放され、すかさず追随して鬼の頸を落とす。
間髪入れずに呼吸を使い、先行して逃走した鬼を一足飛びに追いかけた。
その背中を確認したときだ。
上空から見知った鬼が降ってきて、小柄な鬼を文字通り踏み潰したのだった。
地鳴りが轟き、土埃が舞い上がる。
爛々と輝く金色の双眸が、月明かりを受けて妖しく煌めいた。
それを認めつつも、煉獄は速度を緩めることなく目を閉じて立ち込める砂塵の中を駆け抜ける。
「ーーいい月だな、杏寿郎」
こちらが巻き起こした風により土埃が持っていかれ、視界が晴れる。
「…また君か」
日輪刀を軽く振ってから鞘におさめた煉獄が振り返ると、猗窩座が鬼の背に足を乗せてしゃがんだまま空を見上げていた。
その足下ではさらさらと頭をなくした鬼の身体が崩壊している。
駆け抜けざまに頸を斬ったのだ。
しかし猗窩座は同胞の消滅になどなんの感慨もないようで、立ち上がるなり上機嫌に笑ってみせた。
「手出し無用と思ったんだが、これを早くお前に見せたくてな」
そう言うと、得意げな顔で手に持っていたものをこちらに突き出してくる。
「…それは?」
「見てわからないか?」
人の頭ほどの大きさ。緑色の、丸い形。
表面に黒の縞模様が入ったそれは…
「……」
「西瓜だ、杏寿郎」
満月が明るく照らす、民家が立ち並ぶ町中。
煉獄は一体の小柄な鬼と対峙していた。
情報によれば、逃走に秀でた鬼だと聞く。
血鬼術の詳細は知らされておらず、相対した隊士は気付くと身動きが取れなくなってしまい、逃げ去る鬼を追うこともできないまま見失ってしまうのだとか。
暫く目撃されていなかったことから根城を移したのかと思われていたが、半月ほどしてまた出没したと報を受け、悪戯に被害を増やす前にと柱が派遣されたのだった。
まだ抜刀はしていない。
鬼は獣のようにやや前傾をとり、背中をたわませてこちらの出方を窺っている。
「……」
対する煉獄は、隻眼の右眼を閉じて佇んでいた。
…先程から、こちらを探る気配がもうひとつある。
民家はあるが、無論鬼の気配だ。
しかしそれはやけに希薄で、正面の鬼に注意を向ければたちまち霧散してしまいそうなほど。
僅かなその気配は、掴もうとすればするほど靄のように曖昧に感じる。
ざりっーー
眼前の鬼が更に姿勢を低くし、草履の裏が地面を擦った直後。
まるでそれを隠れ蓑にするかのように、凄まじい勢いで背後にもうひとつの気配が迫った。
流れる動作で煉獄は足を大きく開いて腰を落とし、居合の要領で日輪刀を鞘から走らせる。
「……むっ、」
しかし、刃が後方の鬼の頸を捉える前に身体が強制的に静止した。
まるで何かに縫い止められているかのように。
そこで初めて開眼し、視界の端に鬼の姿を認める。
外見は正面にいた鬼と瓜二つのもう一体の鬼。
そいつが、月光により地面に落ちたこちらの影を踏んでいるのだ。
ーーなるほど、影踏みか。
並の隊士では、このもう一方の鬼に気付くこともなく影を踏まれ、動けなくなってしまうといったところか。
夜でも影が出るほどの月明かりを必要とするため、月が細いあいだは身を隠していたのだろう。
そして案の定、これまで威嚇していただけの鬼は身を翻し、素早く闇に逃げていた。
「うむ。随分と甘く見られたものだな」
煉獄は口元に一度笑みを浮かべると、全身に血を送り込み筋肉を躍動させる。
血管を浮かび上がらせながら足を踏ん張り、地面に減り込まんばかりの勢いで思いきり身体を振り切った。
なんの技術も必要としない。
単純に筋力にものをいわせて、力任せに血鬼術の支配から逃れていく。
指先までは影の拘束も解けていない為、日輪刀は握り込んだまま。
ぐっと軸足を全力で踏み込み、振り返りざまに肘を鬼の側頭部に叩き込む。
まさかこちらが動けるとは思っていなかったのか、鬼は目を見開いたまま横薙ぎに吹っ飛ばされた。
影踏みから解放され、すかさず追随して鬼の頸を落とす。
間髪入れずに呼吸を使い、先行して逃走した鬼を一足飛びに追いかけた。
その背中を確認したときだ。
上空から見知った鬼が降ってきて、小柄な鬼を文字通り踏み潰したのだった。
地鳴りが轟き、土埃が舞い上がる。
爛々と輝く金色の双眸が、月明かりを受けて妖しく煌めいた。
それを認めつつも、煉獄は速度を緩めることなく目を閉じて立ち込める砂塵の中を駆け抜ける。
「ーーいい月だな、杏寿郎」
こちらが巻き起こした風により土埃が持っていかれ、視界が晴れる。
「…また君か」
日輪刀を軽く振ってから鞘におさめた煉獄が振り返ると、猗窩座が鬼の背に足を乗せてしゃがんだまま空を見上げていた。
その足下ではさらさらと頭をなくした鬼の身体が崩壊している。
駆け抜けざまに頸を斬ったのだ。
しかし猗窩座は同胞の消滅になどなんの感慨もないようで、立ち上がるなり上機嫌に笑ってみせた。
「手出し無用と思ったんだが、これを早くお前に見せたくてな」
そう言うと、得意げな顔で手に持っていたものをこちらに突き出してくる。
「…それは?」
「見てわからないか?」
人の頭ほどの大きさ。緑色の、丸い形。
表面に黒の縞模様が入ったそれは…
「……」
「西瓜だ、杏寿郎」