転変
「……」
「なんだお前、西瓜を知らないのか」
無表情で西瓜を凝視する煉獄の様子に、猗窩座は小首を傾げる。
「こいつは畑で採れる野菜の一種だ。中は赤い果肉が詰まっていて、」
「いや、すまない。知っている」
知らないのならば教えてやろうとばかりに素直に説明するその姿があまりにも無邪気で、鬼を斬ったばかりだというのに残心が薄れ毒気を抜かれる。
彼は会うたびに、次に会うときは、と口にする。
まるで予定調和のように。
無事に顔を合わせることが当然であるかのように。
「そういえば、食べものを持ってくると言っていたな」
「これはお前のために持ってきた」
僅かに胸を反らせ、手にした西瓜をずいと突き出す。
…顔に褒めてくれと書いてある。
得意満面といった趣だ。
猗窩座の下にいた鬼が完全に消え去ったことを確認し、煉獄は迫りくる西瓜を渋々受けとる。
ずっしりとした重さは、十分な水分を含んでいることを如実に物語っている。
素直に感心の声が漏れた。
「随分立派な西瓜だな。ここまでのものはなかなか見ないぞ」
「そうだろう?八百屋の親父のお墨付きだ。味のほうも期待していい」
「……まさかこれ、君が買ったのか?」
どこぞの畑から盗んできたのかと疑っていたが、八百屋という単語に煉獄は顔を上げる。
猗窩座が財布から銭を出して買い物をするという図は、まったく想像できないのだが…
「いや。話を聞いているうちに、どういうわけか貰ってな。代金を払うと言っても聞く耳も持たん。まったく人間には頑固な者が多い」
「それだけ君を気に入ったんだろう」
「弱者に気に入られてなんになるというのだ」
虫唾が走る、と顔を顰める猗窩座に小さく笑って嘆息し、煉獄は町外れに視線を投げた。
「向こうに川がある。少し歩こう」
「……」
きょとんとしたように猗窩座が目を丸くするので、足を進めながら見返すと、ぎこちない足取りでついてくる。
「…杏寿郎、何か悪いものでも食ったのか?」
「? どうしてそうなる」
「お前がいつもと違うように感じる」
「……。」
そうだろうか。
…いや、そうかもしれない。
差し出されたものを受け取るのも、突っ張ねずに言葉に応じるのも、共に歩こうなどと提案するのも。
「ーーそれはきっと、君のことを理解しようとしているからだろう」
興味や関心といった言葉では片付けられない感情を抱いている自覚がある。
…惹かれているのだ。
あろうことか、上弦の鬼に。
これ以上踏み込むべきでないことは重々承知している。
しかし、彼が強者と認めた己を追う限り、無用な争いはしないでいてくれる強い予感がするのだ。それは確信に近いだろう。
だから彼の頸を落とすそのときまで、その注意を引きつけ続けるために、あえて踏み込むのだ。
「鬼狩りのお前が、鬼を理解したいというのか?」
眉根を寄せてこちらに視線を投げる猗窩座に、煉獄はそっとかぶりを振った。
「鬼を、ではない。君を理解したいと考えている」
「……。」
猗窩座は虚を突かれたように口を噤む。
その様子に小さく笑うと、目を逸らされてしまった。