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甚だ遺憾ながら幸せです、それではまた

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 俺の一方通行かよ、この野郎。もうちょっとぐらい同期に対して興味を持て! っていうか、お前は炭治郎以外の奴のことも少しは察しろ。炭治郎が一人で来るのを許してるぐらいには、俺のこと信用してくれてるみたいなのはうれしいけどね!

「このあいだ善逸の家でレコードを聞いて気に入ったもんですから。帰りに思わず俺たちも買っちゃったんですよね、義勇さん」
「今のうちだと言っていた」
「うん、冨岡がなに言ってるかわかんないわ。いや、待て! 推理するから!」

 えーと、我妻の家でってことは、禰豆子もいるよな。でもって今のうち……って。

「我妻、とうとう三行半突き付けられそうなの!?」
「なんでそうなる」

 不満げにすんな、冨岡。炭治郎もきょとんとすんな。普通にわかんないから! なんでわからないのかがわかりませんみたいな顔を揃ってするんじゃない!

「禰豆子、赤ちゃんができたんです! それで善逸がめいっぱいレコード買ってきて、俺の子だから絶対に耳がいいはずだ、今のうちにいい曲聞かせて音痴には絶対にさせない! って禰豆子に毎日レコード聞かせてるんですって。禰豆子が呆れてました。禰豆子も善逸も音痴じゃないのに、なんで善逸はあんなに必死なんだろう?」
「いや、おまえ、それ……っていうか、禰豆子ご懐妊なの!? うわぁ、おめでとう!!」

 それを先に言えよ、先に! あと、おまえはそろそろ自分の超絶音痴を自覚しような?

「えー、でも我妻二週間ぐらい前に来たけど、俺にはそんなこと一言も言ってなかったぞ」
 一緒に死線を潜り抜けた仲なのに薄情者めと、むくれる村田に炭治郎が笑って手を振る。
「わかったの一週間前だから、そのときはまだ善逸も知らなかったんですよ。俺たちも電報貰ってビックリしましたよね、義勇さん」
 こくりとうなずく冨岡は、もぐもぐと咀嚼中。ほっぺたについてる大根の欠片を、喋りながら取ってやった炭治郎が、それをぺろりと舐めとるのも、もはや見慣れた光景だ。初めて見たときには、心臓がまろび出そうになったけれど。

「そっかぁ、禰豆子、お母さんになるのか……」
「はい。家族が増えます」
 そう言って微笑んだ炭治郎に、村田は少しだけ切なくなった。その言葉の後に続く、間に合ってよかったという、声にしない声が聞こえた気がして。

 冨岡の整った顔を飾る、昔はなかった痣をちらりと見る。
 戦いの日々が終わってまだ三年。もう、三年。再来年の冬、冨岡は二十五になる。

「よし! 祝いだ、一杯呑んでけよ!」
 二人の前にコップを出して、村田はとっときの酒を取り出した。冨岡はそこそこ強いのだが、炭治郎はいまだに酒に慣れないようで、コップ一杯でかなり酔う。だから普段は飲ませないのだが、今夜は特別だ。
 めでたい話に切なさをおぼえる自分を悟られぬよう、村田は自分の分も酒を注ぎ、ほら乾杯と笑ってみせた。
「禰豆子の懐妊に乾杯!」
「乾杯! いい子が生まれますように!」
「……歌わないのか?」

 いや、だから。

「冨岡、今の話の流れ聞いてた?」
「禰豆子の結婚が決まったときも祝いだと飲まされたが、あのとき村田は歌っただろう?」

 もうお前は黙って鮭大根食ってろよ。炭治郎も目を輝かせるんじゃない。音痴とまでは言わないけど、俺は歌が上手いわけじゃないんだ。呑みもせずに人前で歌えるほどの度胸だってない!

「じゃあ皆で! 俺も『荒城の月』ならもう歌えますよ!」
「待て待て待て! 俺と冨岡で歌うから、炭治郎、お前は手拍子だけにしてくれ!」

 歌うから! ああ、もう、しょうがないから歌ってやらぁ! だからまた苦情が来る前に、おまえは口を閉じてくれ!
 村田の必死な声に炭治郎は「えー?」と不満顔だが、勘弁してほしい。以前炭治郎が歌ったときに、官憲がすっ飛んできてえらい目に遭ったことを、村田は決して忘れていないし、忘れてはならぬと思い定めている。あの歌声だけは、きれいさっぱり記憶から消したいが。
「……俺も?」
「同期だろ! 一蓮托生だ、この野郎」
「義勇さんの歌、俺も聞きたいです! 義勇さんは声も素敵だから!」
 さらりと惚気るのはともかく、炭治郎よく言った。こんなふうに言われたら、炭治郎にべた惚れの冨岡は断れない。

 少しだけ、初めて聞く冨岡の歌声にワクワクする。この不愛想な男の歌声など、きっと柱やお館様だって聞いたことがないだろう。炭治郎と同じくらいの音痴では少々困るが、そこそこ音痴ならおもしろい。
 それじゃ、せーの、と歌いだした村田に合わせ、冨岡も戸惑うように口を開いた。

春高楼の花の宴
巡る盃影さして
千代の松が枝分け出でし
昔の光今いづこ
秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数見せて
植うる剣に照り沿ひし
昔の光今いづこ
今荒城の夜半の月
変はらぬ光誰がためぞ
垣に残るはただ葛
松に歌ふはただ嵐
天上影は変はらねど
栄枯は移る世の姿
映さむとてか今も尚
ああ荒城の夜半の月

 歌いやみ、ほぅっと感嘆の吐息を洩らした炭治郎がパチパチと拍手するのを聞きながら、村田はちょっぴり遠い目になった。

 歌もそこそこ上手かったか……顔良し声良し体良しで滅法強くて金もある上、歌もお上手と。ふーん、へぇー、そうですか。
 でもおまえ口下手だからな! 滅茶苦茶言葉足りないからな! 畜生、同期との差が酷い!!

 炭治郎の頬が赤く染まっているのは酒のせいばかりじゃないだろう。冨岡の耳もかすかに赤い。もちろんきっと、酒のせいじゃなく。
 なんだか二人のじゃれ合いのだしに使われただけのような気がする。けど、まぁいいかと、村田は小さく苦笑した。
 想い想われ比翼連理と謳われるほどの二人だ。あれほどの苦難を乗り越え生き延びて、不安や焦燥を飲み込み、手を取り合い寄り添い合って生きている二人だ。そして、村田にとってはもう数少ない、激動の日々を共有する大切な同期と後輩。

 結局のところ、この二人を見ているのが好きなのだ、自分は。

 切なくて、我がことのように悔しくて、それでもきっと幸せだ。
 この先の残された時間もこんなふうに、二人が寄り添い暮らす様をこれぐらいの距離で見守っていくことを許された自分は、幸せだと思うのだ。



「ご馳走様でした! 今度は伊之助たちも連れてきますね!」
「えー、あいつ来ると料理全部食い散らかされるからなぁ。あ、そうだ。我妻に、禰豆子のつわりが酷いときは来いよって伝えておいてくれ。つわり中でも食べられそうなもん作ってやるって」
「うわぁ、ありがとうございます! 禰豆子が喜びます! 動くのがつらい日もあるだろうし」
 鮭大根を完食して、他にもつまみをいくらか食べて。ちびちびと呑んでいた酒も飲み干したら、炭治郎は完全に酔っ払いのふわふわした笑顔。冨岡はケロッとしているが、それでもやっぱり、まとう空気はホワホワとしている。
「……美味かった。それじゃあ、また」
「ああ、またな」
 足元の覚束ない炭治郎を支えるようにして歩く冨岡を見送ったら、村田の屋台も店じまいだ。
 火を落とし、洗い物を済ませたら、屋台を引いてえっちらおっちら家へと帰る。
 一人で飯を食い、一人で眠る、侘しい独り暮らし。