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お見舞い申し上げる。

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掬い上げられるように意識が浮上し、島左近は重たい瞼を押し上げた。

「……」

いつの間にか、眠っていたようだ。
己の身体に意識を向ける。
横になる前に比べると幾分かマシになったようだが、全身にのしかかる倦怠感は相変わらずだ。

朝からどうにも調子が悪く、それでも政務に支障をきたすほどではなかった為無理を通したところ、それが祟った様子。
昼過ぎあたりから熱が出始め、食欲までなくなり関節も痛む始末。

屋敷の者に断り一度横になって身体を休めたら、そのまま意識が沈んだのだった。


「…水」


呟いた声は喉に張りつき、上手く発音できない。
まだ熱は引いていないのか、悪寒が背筋に潜んでいるようだった。

布団から出たくないが、水は飲みたい。
少し離れた水差しに向かい、横着して布団を被ったままずりずりと移動していく。


重たい身体に難儀していると、ドタドタと忙しない足音が複数聞こえてきた。
次いで、潜められた侍女の焦った声と、のんびり構えた低い声。


「困りますっ、休んでおられます故…!」

「大丈夫大丈夫。無用な気遣いはしない仲だからさァ」

「そ、そういうわけにも参りませぬっ」


話し声はどんどん近付いてきており、容赦なく部屋の障子が開け放たれた。


「……。」

「お邪魔するよォ、…って、完全に蓑虫じゃない」


布団を引き摺ったまま這っていた左近に、よく知った声が降ってくる。
見て確認するまでもなく、柳生宗矩だ。

その長身の男の後ろであわあわと侍女が申し訳ございませんを繰り返していた。


「あー…下がっていい」


左近の言葉に侍女は深く腰を折り、こちらを気遣う視線を投げながら障子をそっと閉めて離れていった。

宗矩は這いつくばった左近の手から水差しを一度取り上げると、しゃがみ込んで太い腕を下からこちらの胴にまわす。
よっこいしょなどと年寄りくさい掛け声とともにひと息に担ぎ上げられ、敷布団の上に戻された。


「これから飲むところかい?」

「…ええ」


上体を起こして座ってみるが、やはり寝ていたほうが楽だ。
口元に水差しの飲み口があてがわれ、素直に咥えた。
軽く傾けられると、ぬるい水が程よく舌を湿らせてくる。

離れていく飲み口に、ぼんやりとした視線を投げた。


「…もう少し、」

「はいよ」


こちらの催促に宗矩は短く応じ、もう一度水差しを傾ける。
こくりこくりと喉が鳴り、もう十分であることを頭を僅かに引いて示すが水差しはあとを追ってついてきた。


「ん、ちょ…」


普段であれば向けられる水差しなどはたき落として一喝するところだが、そんな元気は身体のどこにもありはしない。
仰け反るのもそこそこに、飲み下しきれず口唇から水が伝って溢れてしまう。

それでも尚流し込まれる水が首を濡らした頃。
左近は盛大にむせ返った。


「あんた…俺を殺す気ですか…」

「いやぁ、喉仏がいやらしくて見惚れちゃったよ。島殿は色っぽいよねェ」


悪びれた様子もなくどこか納得した表情で頷く宗矩に、何か言葉を返す気力もない。
もぞもぞと布団の中に帰るこちらに、興味深そうな声がかかった。


「風邪かい?」

「さあね…。咳や鼻水は出ないんで…」

「疲れかァ。知ってるよ、石田殿の尻拭いのために九州くんだりまでしょっちゅう行ってるんだって?」

「……よくご存知で」

「豊臣の次の世を考えてるってあたりは流石だけど、島殿もそこそこ歳でしょ?御自愛、大事だよォ?」


言いながらこちらの乱れた髪を整えてくる指先が、ぴたりと止まった。細い双眸が丸くなる。


「…え、熱くない?」

「寝れば下がると思ったんですがね…」

作品名:お見舞い申し上げる。 作家名:緋鴉