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花発多風雨、人生別離足

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「おまえは、ゆっくり来い。うんと楽しんで、幸せだと笑って、存分に生きてからでかまわない。ゆっくり、ゆっくりおいで」
 義勇の声はただやさしい。やさしくて、やさしくて、あまりにもやさしすぎて、浮かぶ涙は止めようなくぽろりと炭治郎の瞳から落ちた。
 義勇はもう、寛三郎と同じ側に向かっている。義勇は二十四だ。いつなんどきこと切れてもおかしくなかった。
 互いにそれを承知で一緒にいる。覚悟はとうに定まっていた。けれども義勇がそれを念押すような文言を口にしたことは、もうずいぶんとなかった。
 言葉にも声にも、穏やかな慈しみと、かぎりない愛情だけがある。どうしてそんなことを言うのだと、責める気持ちは炭治郎にもかけらもなく、自然に浮かんだ涙の理由は炭治郎にもよくわからなかった。
 義勇のやさしさをうれしいと思っているのか、目前に迫った惜別を悲しんでいるのか。それともあふれかえって抑えきれない恋慕だったのか。どれもうそ偽りのない炭治郎の本心だから、もしかしたら涙に理由などないのかもしれなかった。
 寛三郎の黒い翼が大きく広がる様が、不意に脳裏に浮かんだ。
 牽牛と織姫の逢瀬のおりに、天の川を渡すカササギは鴉の仲間だというから、炭治郎が向こうに渡る日には、寛三郎がカササギ役を務めてくれるのかもしれない。元気な黒い翼を広げ、微笑む義勇のもとへと炭治郎を渡してくれるのだ。
 信じて疑わないから、炭治郎も涙はそのままに微笑むことができる。いつか来るその日にも、義勇に笑顔だけを見せてやれるだろう。
「はい。のんびり行きますから、寛三郎たちと待っていてくださいね」
「うん、今度はもっとみんなと仲良くやれると思う。心配せずゆっくり来い」
 何気ない日常の会話と変わらぬ調子で、炭治郎も義勇も、別れのあとを語る。さよならを悲しむよりも、出逢えたことを喜んで。
 義勇が口にした詩は、寂寥よりも出逢えた僥倖を寿ぐものなのだろう。そう思った。
 いつか必ず別れはくる。生まれた命は必ず死を迎える。それは永劫変わりなく、誰の身にも巡り巡るのだ。
 そう、輪廻を巡りまた逢う日まで、束の間この世にお暇(いとま)するだけのこと。だから笑ってまたと言う。出逢いを喜び思いを託す。それでも悲しみは生まれるから、微笑みながらも涙は落ちた。
「おまえが、俺の鴉でよかった……」
 ぽつりと聞こえた声は応えを求めぬ独り言だ。
 義勇はとつとつと寛三郎に語りかける。

 袖振り合うも他生の縁というから、おまえとも来世では出逢うのだろうな。生まれ変わるのならば、犬だけはやめてくれ。おまえは間違いやすいから、ちょっと不安だ。でも心配するな。もしも犬に生まれたとしても、おまえの生まれ変わりならきっと俺は好きになるだろうから、なでてやることもできるはずだ。

 問わず語りに少し楽しげにすら聞こえる声で、義勇は寛三郎に話しかけている。
 来世の光景を思い浮かべて、微笑ましく思いつつも聞かぬふりで、炭治郎は厨へと向かった。
 廊下の暗がりに、松衛門がぽつんと立っていた。いつだってさわがしく、偉そうな態度をくずさないというのに、黙りこくって立っている。
 寂しげな風情が悲しくて、声をかけようとした炭治郎より先に、松衛門は小さく言った。
「ジイサン、逝ッタノカ」
「……あぁ。苦しまなかったよ」
「ソウカ……」
 言葉につまった松衛門は、けれどもすぐに顔をあげ、爺さんもようやくお役御免だと笑った。
「不甲斐ナイ相棒ヲモツト、鴉ハ苦労スルカラナ。長々トゴ苦労様ナコッタ」
 相変わらずの憎まれ口をたたきカッカと笑う松衛門は、それでもやっぱり寂しそうで、炭治郎は思わずその小さな頭をなでた。
「お前も長生きしてくれよ?」
「当タリ前ダァ! 不肖ノ弟子ヲ残シテウカウカ死ネルカッ!」
「あいたっ! ちょっ、松衛門、痛いだろっ! つつくなってば!」
「ウルサイ! オマエハ義勇ノタメニ精々張リ切ッテ、精ノツク飯ヲ作ッテヤレバイイノダ!」
 ギャアギャアとうるさく言い立てる松衛門につつかれながら、炭治郎は心にわきあがる温かさに笑った。
「俺も、おまえが俺の鴉でよかったよ、松衛門」
「フンッ、当然デアール。俺様ガ面倒ミテヤラナキャ、オマエナンカ、コウシテ呑気ニ暮ラセルモノカ」
 そうだなぁ、そうかもなぁと笑いながら、炭治郎は桜桃の乗った皿を松衛門の前にことりと置いた。
 閉口することも多いけれど、この鴉もまた、穏やかで楽しい暮らしに欠かせぬ家族だ。寛三郎ほどに長生きするのなら、炭治郎を看取ってくれるのは松衛門かもしれない。居丈高で見栄っ張りだけれど、この子がいてくれるなら、きっとこの先もにぎやかに楽しく暮らしていけるだろうと思った。
 炭治郎の鬼殺隊としての歴史は、松衛門とともにある。義勇と寛三郎が歩んだときよりも長く、この鴉との暮らしはつづくのだろう。義勇が亡くなったあとにも。
「寛三郎の代わりに食ってくれ。松衛門がいっぱい食べて元気で長生きしてくれたら、寛三郎もきっと喜ぶよ」
 金の杯に満たした酒ではないけれど、この生意気な鴉との出逢いも寿ぎだ。家族であり、縁あってつながる友である。だから代わりにと勧めた桜桃を、松衛門はフンっと鼻息を荒くしてガツガツと食べた。
 その食べっぷりを、炭治郎はうれしげに笑って見ていた。

 別れと出逢いを繰り返して、止まることなく時はゆく。
 悲しみの涙もいつかは乾き、笑いあって日々を過ごす。
 さよならを嘆く必要などない。出逢いはまた必ず来る。

 だから今は、さようなら。どうかまた逢う日までお元気で。
 花に嵐のたとえもあるが、さよならだけが人生だ。