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花発多風雨、人生別離足

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 毎日届く膨大な報告のなかで知る義勇と寛三郎の日々は、耀哉にとってはいくらかの癒しとなりつつある。
 短命な呪われた血筋の宿命か、病の進行とともに片目はすっかり視力が弱り、今では子に手を引かれて歩く。日課である隊士たちの墓参りも、以前よりはるかに時間がかかるようになった。
 この数年で、義勇の剣技は洗練の一途をたどる。ゆっくりと、だが確実に、義勇の階級はあがっていった。
 索漠(さくばく)とした佇まいは変わることがなく、人との交流を自ら拒む様相は散見されるが、それでも自暴自棄な印象はうけなかった。
 人と関わるのをさけるうえに寡黙で口下手なものだから、ほかの隊士たちには高慢な態度と誤解されがちなようだ。けれども寛三郎には、本来のやさしさを隠すことなくよく労り、気を配っていると聞く。それを報告する寛三郎のうれしげな声は、耀哉の心も浮き立たせた。
 曰く、雨宿りするときには、義勇は羽織のなかに寛三郎を入れ、濡れぬように気遣ってくれる。任務のあとに大丈夫かと案じると、大丈夫だと答え、おまえは大事ないかとなでてくれる。寛三郎の食が進まぬときには、自分の食事もさておき、滋養のあるものをと寛三郎のために慣れぬ手で卵を茹でてもくれた。
 任務のあとでどんなに疲れ果てようとも、義勇は鍛錬を欠かさない。現場に到着するのがほかの隊士より遅れることが多いから、毎日走り込みもしているのだと、寛三郎は自慢げに、けれど少し悲しい声で言った。
 寛三郎のような老いぼれが鎹鴉でなければもっと早く着けるだろうと、任務を終えるたび陰で言われていることを、寛三郎は知っている。義勇の耳にもきっと届いているだろう。けれども義勇は寛三郎を責めない。自分の足が誰よりも速ければいいだけのことだと、ただ体を鍛えぬく。
 そうして愚痴など言わぬまま、どんなに疲れていようと寛三郎を労わるのだ。あの子は本当にやさしいと寛三郎は涙ぐむ。
 なによりも、義勇は必ず生き残ってくれる。今まで組んだ隊士たちのなかには、半年と経たずに亡くなった者もいた。長く組んだものでさえ二年ともたなかったというのに、今も義勇は、自分とともにいてくれる。それがうれしい、誇らしいと、寛三郎は幸せそうに報告した。
 義勇が新たな型を編みだしたときの寛三郎の興奮っぷりは激しく、身振りをまじえて本当にすごいのだ、素晴らしい技なのだとしゃべりつづけ、冷静沈着な耀哉の鴉をも呆気にとらせた。
 どの呼吸の型にもない鉄壁の防御技は、鬼を斬るよりも人を守ることに特化している。なんとも義勇らしい技だと胸を張る寛三郎には、耀哉もまったく同感だった。
 そしていつでも寛三郎は、義勇はいい子じゃとの一言で報告を締めるのだ。

 風が吹いている。確実な追い風が。それを耀哉は感じとらずにはいられなかった。
 現水柱は高齢だ。引退を考える頃合いである。もちろん水柱にも継子はいるが、いまや状況判断の素早さや剣技の腕前、体術、鬼を目前にした際の胆力にいたるまで、その誰もが義勇には遠くおよばない。
 義勇を継子にとの誘いは、義勇自身がかたくなに拒んだがゆえに果たされることはなかったが、先だって柱就任の条件を満たした義勇をつぎの水柱にとの見解は、現水柱も耀哉と同様だ。
 槇寿郎の子息である杏寿郎や共に育った小芭内も隊士となり、評判は耀哉の耳に届いている。先頃花柱を襲名したばかりのカナエや、その妹である蟲の呼吸のしのぶは薬物に精通し、鬼に通用する毒物の研究も進んでいた。
 ほかの隊士のなかにも柱候補として有望な者は幾人かおり、岩柱の行冥や、音柱の天元の技の冴えも、年々練達度を増している。
 だが、まだ決定打にかける。
 たしかに追い風は吹き出している。けれどもまだ、無惨討伐の決め手となる一手には遠い。
 いかに先見の明を持つ耀哉といえども、先をすべて見通すことはできず、足りない手立てはまだ見つけられなかった。それでも耀哉は焦りを自制した。
 一つひとつの選択が、いつかすべて布石となり、必ず鬼による悲劇の根絶につながる。
 その確信のもと任じられた義勇の水柱襲名に、ただ一人難色を示したのは、当の義勇だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 寒風が座敷に吹き込んだ。年の瀬も押し迫り、温もりが恋しい季節である。
 数年前と同じように耀哉に向かって端然と座る義勇は、ずいぶんと背が伸び体の厚みも増した。目に見える怪我もない。姿勢の正しさは以前と変わらず、凛々しく立派な若者に成長した。
 初めて対面したときには着ていなかった羽織は、姉と錆兎の形見なのだと聞く。異なる柄を継ぎ合わせた風変わりな形(なり)だが、この羽織もまた、義勇の覚悟のあらわれなのだろう。
 瑠璃の瞳はまだ暗く沈んで見えるが、耀哉を前にしても委縮する色は見えなかった。
「俺は最終選別試験で鬼を一体も斬っていません。それどころか、錆兎が助けに入ってくれなければ死んでいました。隊士となる資格すらない者が柱になるなど、鬼殺隊の威信にかけて、あってはならぬことだと存じます」
「それは困ったね。義勇をさしおき水柱を名乗るに足る者は、残念ながら今の鬼殺隊にはいない。ほかの柱が空席になることはあっても、水柱と炎柱はどの時代にも必ずいるものだ。義勇が水柱の襲名を拒むのなら、鬼殺隊史上初めての空席を生むことになる」
 責めるひびきは一切なかったが、義勇は沈黙のままうつむいた。技量の差が歴然であることは、義勇にも反論はできないのだろう。隊士の資格はないとの言に偽りはなくとも、現状ほかの者とくらべ義勇の剣技が数段先を行くことは、義勇自身感じているようだった。
「……では、つぎの水柱にふさわしい隊士が見つかるまでではどうだろう。もしも私や義勇が認める水の呼吸の使い手があらわれたら、その者に柱の座を継いでもらう。それではいけないかい?」
 黙り込んだまま悩んでいるらしい義勇に、それに、と耀哉は小さく苦笑した。
「義勇が柱に任じられたとあんなにも喜んでいる寛三郎を、がっかりさせるわけにはいかないからね。柱の鎹鴉になることは、鴉たちにとっては最高の誉れだ。あの喜びようと張りきりっぷりを目にしてしまったら、義勇の柱就任をとり消して落胆させるのは忍びない」
 寛三郎の名に、義勇の顔があげられた。脳裏にはきっと、知らせを聞き感涙した寛三郎の姿が浮かんでいるのだろう。少々卑怯な気はしなくもないが、義勇の決断いかんで寛三郎が気落ちするのは誰の目にもあきらかで、老齢の寛三郎にとって深い悲嘆は健康を害するおそれが十分にある。
 決心は定まらないままだろうが、水柱を空位にするわけにはいかないのも事実だ。義勇もそれは重々承知しているのだろう。
 義勇はやがて静かに頭をさげた。
「拝命、仕ります」
「うん。よろしく頼むよ、義勇」


 義勇に隊律違反の疑いありとの報が、耀哉へともたらされたのは、それからすぐのことだった。