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花発多風雨、人生別離足

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「義勇の決断がなんなのかはまだわからないけれど、それはきっと一滴(ひとしずく)の水だ。私たちそれぞれの選択や、起きたすべての悲劇や喜びも同じこと。やがて集まり川となる。川は激流となって海へ流れ込み、いずれ怒涛が無惨を襲う……」
 耀哉は光さす庭へと視線を向けた。身を凍えさせるような師走の風が、庭を吹き抜けている。
 じきに年も変わり、耀哉はまた一つ年をとる。その昔、一休禅師は正月を冥土の旅の一里塚と詠んだが、短命を運命づけられた耀哉にとっては、その句は身に迫るものがあった。
 しかし、めでたくもなしとは、思わない。
 耀哉の死によって、鬼殺隊はまた無惨討伐へと近づく。これ以上めでたいことなどないではないか。
 お館様と呼ばれ尊ばれようとも、耀哉でさえ大局のなかではただの一駒(ひとこま)。寛三郎が落とした涙よりもわずかな、一滴。いわんや道半ばにして命を散らしてきた隊士たちなど、歴史に名すら残らない。
 それでも、捨て駒になどするものか。ただの一人も無駄死にだなどと言わせはしない。
 数えきれないほどの隊士たちの墓石は、すべて大波を生む一滴だ。その死に無駄だったものなど、一つもない。
 出逢いがあれば別れがあり、そうして時は進んでゆく。一歩一歩、大願成就のその瞬間へ向かって。
 ふと、耀哉は膝に頭を乗せる鴉へと視線を落とした。
「そう言えば、おまえは一度も私をお館様とは呼ばないね」
「……私は、お館様の鴉ではなく、耀哉様の鴉でございますから」
 言葉の裏にある決意は、なにがしか悲しく、耀哉は小さな笑みを口元に浮かべた。
「そうか……おまえといい寛三郎といい、本当に鴉の献身とは深いものだ」
「ですから鎹鴉と」
 違いますか? と少しばかり笑んだ声で答えた鴉に、耀哉ははっきりと笑った。
 違いないと笑う声をさえぎるように、座敷に柔らかな声がかけられた。
「楽しそうでなによりですが、風が強くなってまいりました。耀哉様、お体に障ります。もう一枚お召し物を」
 座敷の入り口で丹前を手にあまねが座っていた。
 耀哉に上着を羽織らせ、そのまま立ち去ろうとするのを呼びとめて、たまには一献交わそうかと誘う。
「めずらしいこと」
「嫌かい?」
 ただいま用意させますとの言葉で答えたあまねにうなずき、耀哉はまた庭へと視線を戻した。
 夕暮れが近づいている。冬の日暮れは早い。夜がくれば、またどこかで人が死ぬ。耀哉の大切な子供たちが命を散らす。
「……君に勧む 金屈巵(きんくつし)」
 そっと紡いだ声に、鴉がことりと首をかしげた。
「于武陵(うぶりょう)でございますね」
「よく知っているね。おまえは博識だ」
 うれしげなひびきとなった耀哉の声に、鴉は恐れ入りましてと、言葉ほどには謙遜する風情でもなく羽を広げ、耀哉をうながした。
「詠唱をさえぎりまして申し訳ございません。つづきをお聞かせください」
 菩薩のごとき笑みを浮かべて、耀哉は薄暗くなった寒風吹く庭に向かい誦(じゅ)する。

――君に勧む 金屈巵
  満酌(まんしゃく) 辞するを須(もち)いず
  花発(ひら)けば 風雨多し
  人生 別離足る――

 会者定離は世の習い。別離を惜しむよりも、一期一会を心に刻み、想いをつないでゆく。
 跡継ぎにも恵まれた。よしんば今輝哉が命を落としても、息子の輝利哉が当主を継げるようになるまでは、あまねが立派に代理をつとめてくれるだろう。柱をはじめとする隊士たちもみな、立ち止まりはすまい。だから不安も未練もない。
 露ほどの命だろうと、大海の一滴(いってき)たりえるのならば、それでよい。
 風が吹く。身を切るようなこの風も、かわいい子供たちへの追い風となるのなら、心地好くすらあった。
 惜しむらくは、左近次の言う義勇の愛らしい笑みをこの目で見るのは、かないそうにないことか。せめてその笑顔を見るまでは、生きていられるといいのだけれど。
 だが多くは望むまい。義勇は芯の強い子だ。いつか必ず微笑み寄り添いあえる誰かに出逢い、その手をとる。それを耀哉は信じている。
 今はまだ、寛三郎ただ一羽をかたわらに、一人みなから背を向けようと、必ずその日は来るだろう。
 さしあたって問題があるとすれば、耀哉の耳に届くかぎり、どうにも義勇は色恋にはうとい朴念仁だというところだろうか。自身に送られる秋波に鈍感なだけならまだしも、自分の想いにも気づかぬ可能性はありそうだ。
 合縁奇縁は見てわからぬとは言うが、義勇が出逢いをむざむざとのがさぬことを祈るとしようか。
 クスリと笑う耀哉を、鴉がきょとりと見あげていた。

 左近次からの書状が届けられたのは、それから二年後のことだった。