迷子のヒーロー
心が迷子になって、食べることも眠ることもできなくなるほどの悲しさ。それは、一体どれだけつらいことなんだろう。炭治郎にはまったく想像がつかない。もしかしたら、義勇が自分のことを人殺しだなんて言ったのは、その悲しさのせいなんだろうか。
だけど、そんなにつらくても悲しくても、やさしい心をなくさない義勇が、とても強い人だということはよくわかる。
やっぱり義勇さんは、ヒーローみたいに強いんだ。それでもって、とってもやさしいんだ。
ただ悲しすぎて、笑うことができなくなっちゃったんだろう。
炭治郎は思って納得した。それは炭治郎にとっても悲しいことだ。
逢ったばかりの炭治郎でさえ、こんなに心配だし悲しいと思うぐらいなのだ。仲良しの錆兎や真菰は、もっとずっと、義勇のことが心配なんだろう。
義勇さんの悲しさはいったいどこからくるんだろう。知りたいけど、聞いても大丈夫なのかな。
悩む炭治郎をよそに、すっかり真菰たちを気に入ったらしい禰豆子が、二人にならって義勇の頭をなで始めた。
「ぎゆさん、いい子いい子」
「わぁぁっ!! ね、禰豆子、なにやってるんだ!? 義勇さんごめんなさい!」
「あのね、禰豆子は迷子になったらお兄ちゃんを待つの。そしたらね、お兄ちゃんが迎えに来て、ちゃんとお家に連れて帰ってくれるんだぁ。お兄ちゃんと手を繋げば怖くないんだよ」
だから義勇も炭治郎に連れて帰ってもらえばいいと、あわてふためく炭治郎を気にすることなく、禰豆子が笑う。
「……なるほど。炭治郎は義勇にパンを食べさせられたぐらいだからな。もしかしたら本当に義勇の心を連れて帰ってくれるかもしれない」
錆兎もそんなことを言ってうなずくし、真菰もにこにことして
「私たちだって、義勇にご飯を食べてもらうまで何日もかかったもん。炭治郎は凄いね」
なんて言うものだから、炭治郎は、目を白黒させてしまう。ドキドキとしながらそっと義勇の顔を見つめてみても、義勇は無表情のままだ。
でも。義勇はなんにも言わないけれど、怒っている匂いもしないから。
もしも。もしも本当に、自分が義勇をちょっとでも助けられるなら。迷子の心を連れ帰ってあげられるのなら。
うん、と強くうなずいて、炭治郎は拳を握った。
「えーっと、義勇さんごめんなさい!」
ぺこりと頭を下げた炭治郎は、思い切って義勇の膝に乗ってみた。だってそうしないと、禰豆子たちより義勇はずっと大きいので、抱っこするのは無理そうだから。
怒られるかなとちょっと不安になったけれど、義勇からはやっぱり怒った匂いはしない。それどころか、ぱちくりとまばたきしながらも炭治郎を見つめてくれて、炭治郎はうれしくなる。義勇の驚いた顔は、なんだかかわいかった。
「重くないですか?」
少し困ったように眉を寄せているけれど、それでも義勇は、こくりとうなずいてくれたから。炭治郎は、自分よりずっと大きい義勇の体を、ぎゅっと抱きしめた。
なにがそんなに義勇を悲しませているのかはわからないけれど。
なんで自分のことを人殺しだなんて言うのかは知らないけれど。
「大丈夫。俺が一緒にいるから、大丈夫ですよ」
届け。届け。義勇さんの心に届けと願いながら、炭治郎はぎゅうっと義勇を抱きしめる。禰豆子やほかの弟妹たちが泣くたびするように。兄ちゃんが一緒にいてやるから、大丈夫。そう言うように、強く抱きしめる。
義勇の肩に顔を埋めた炭治郎こそ、義勇に抱っこされてるみたいだけれども。きっと気持ちが大事だろう。
びくりと揺れた義勇の体。それでも、大丈夫大丈夫と炭治郎が繰り返すうちに、こわばりが解けていく。
そして。
炭治郎の背が温かいなにかに包まれた。ぐっと力が加わって、義勇に抱き返されたのだと悟る。
義勇の腕は少し震えている。それに力が強くてちょっと苦しい。でも、義勇の腕も胸も、やさしくて温かいと思った。それに、なによりうれしい。義勇が初めて自分の意志で動いてくれたことが、とてもうれしい。
「義勇さん、大丈夫ですよ。迷子になっても大丈夫。俺が一緒にいるから」
義勇の鼓動を聞きながら、炭治郎は繰り返した。届け、届け、もっと、もっと。義勇さんに届けと、願いながら。