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ワクワクドキドキときどきプンプン 一日目

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 錆兎たちに笑っていてほしいのなら、炭治郎のヒーローでありたいのなら、煉獄はきっとそのお手本だろう。いきなり撫でられたりするのは困るけれども、少しずつでいいから仲良くできたらいいと、少しでも好かれたらいいなと義勇は思う。
 もしも煉獄や錆兎たちが聞いたなら、呆れるか怒るかしそうな義勇の小さな決意ではあるが、義勇にその自覚はない。

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 さて、そんな決意をした義勇ではあるが、早速その決意が揺らぎそうになっていた。いや、がんばってはいるのだ。本当に。

 犬を苛めていた輩の一件を、錆兎と真菰が鱗滝に話していたときのことだ。
 煉獄の名に鱗滝が少し驚きを見せた。どうやら義勇が市の大会に参加していたころ、義勇と並び称されていた優勝常連の少年が煉獄だったらしい。偶然とはいえクラスメートになったのは天の采配というやつだろうと、鱗滝は感慨深げに言っていた。鱗滝が褒めるぐらいなのだから、煉獄は相当な剣士に違いないと、錆兎や真菰も感心しきっていたものだ。
 義勇自身は勝敗にはあまりこだわりがなく、己を高め自分自身が強さを身につけられればそれでいいと思っている。ところが、鱗滝に言わせると実力伯仲するライバルの存在は、とても大切なのだそうだ。このゴールデンウィーク中に煉獄も一緒に稽古するのは、きっと義勇にとってもいい刺激になるだろうと笑っていた。
 とはいえ、すっかりスタミナも筋力も落ちた自分では、とてもじゃないが煉獄の相手など務まるはずがない。誰の目にもわかりきった話だというのに、どうやら煉獄は、義勇と手合わせしたくてたまらないらしい。
 掛かり稽古は断ったものの、炭治郎にまでおねだりされては、断るのは気が引ける。煉獄の前で技を見せるのは、義勇にとってはどうにも居心地悪さを否めなかった。
 もちろん、竹刀をかまえればそんな戸惑いや困惑は消える。とくに打ち込み人形であるムザンくんと対峙すると、必ず打ち負かすという闘志が湧きもする。だから竹刀を振るっているあいだはよかったのだ。ギャラリーがいるのはなんだが、やることはいつもと変わらない。ところが素人である炭治郎だけでなく、煉獄までも義勇の剣を誉めそやすものだから、義勇はすっかりうろたえてしまった。
 炭治郎のきらきらした目で褒められるのは、照れくさいけれどうれしい。でも、煉獄に同じように褒められるのは、なんだか申し訳ないような気持になってしまう。
 煉獄は義勇の目から見ても堂々とした体躯をしているし、立ち居振る舞いからしてもそうとう強いことがわかる。今の義勇ではとても敵うはずがない。なのに、なんでそんなにも褒めるのか。義勇には、わからない。
 以前の義勇ならば少しは自信も持てた。だが、こんなにやせ細った体と普通とはとても言えない精神状態の自分では、どうしたって自信なんて持ちようがない。
 なのに煉獄は義勇の技を褒めながら、炭治郎と一緒に楽しげに盛り上がったりして。ちょっと妬いたのはしっかりバレた。炭治郎がうれしそうに照れるから、義勇も面映ゆさのほうが勝ったけれど、本当は少し不安にもなった。

 もしも煉獄の稽古の様子を見たら、炭治郎のこの憧れの眼差しは、義勇ではなく煉獄に向けられてしまうのではないだろうか。そんな不安を抱くこと自体、罪悪感をおぼえもするが、怯えが止められなかった。
 錆兎たちが布団を抱えて帰ってきてくれたときには、正直、やっと解放されると安堵したのと同時に、とうとう一緒に稽古する時間が来てしまったと、不安が増したぐらいだ。
 想像はあくまでも想像でしかなく、炭治郎は相変わらず義勇のことを凄い、格好いいと、笑ってくれた。安心はしたが、義勇が心穏やかでいられたのはそこまでだ。

 いきなり宇髄にガシッと両脇を掴まれたかと思えば、ヒョイといとも軽々と持ち上げられた挙句、身体中を触られまくるという、とんでもない事態に硬直したのは十五分ほど前のこと。
 まるで小さい子供のように扱われて、恥ずかしいと思ったのも束の間だ。義勇の背は百七十五センチぐらいにはなるだろうとの宇髄の言葉に、すっかり義勇がそれくらい大きくなると信じた炭治郎に大はしゃぎされて。義勇は、少なくとも今の煉獄よりも大きくならなければならないことを、余儀なくされた。

「おまえもしっかり食わねぇと、炭治郎に追い越されるかもしれねぇぞ。見たところ百六十ぐらいだろ? ガキの成長なんてあっという間だぜ」

 そんなことを言われたら、どうあっても大きくなるよう努力するしかないではないか。
 きゅっと唇を噛んで、がんばらないとと思ったのだ。本当に。心の底から。十五分前までは。

 でも。

「なんだぁ? おまえこんなちっこいクロワッサン二つで地味にギブかよ」
「うーむ、冨岡は本当に少食なのだな。千寿郎でも、竈門ベーカリーのパンなら三つはぺろりとたいらげたものだが……」

 呆れたような宇髄の言葉にも、どこか心配げな煉獄の言葉にも、まったくもって返す言葉がない。

 昼飯にするぞと鱗滝に呼ばれてぞろぞろと茶の間に向かったら、卓袱台の上には、三つの皿に高く積まれたパンの数々。炭治郎の手土産のパンが今日の昼食だった。一緒に出された牛乳は、グラスが足りずに鱗滝や錆兎と義勇の分は湯飲みだったのが、ご愛嬌というところ。
 みんなが歓声をあげてうまいうまいとたいらげていくのにまじって、義勇も黙々と食べたのだが、みんなと違って二つ目で胃が悲鳴を上げた。
 たしかに義勇だって、うまいとは思うのだ。少し前までのなにを食べても味がしなかった食事とは違って、ちゃんと鼻に抜けるバターの香りも、ほろりと口のなかでほどける舌触りも、ちゃんとおいしいと感じられるようになってきている。おいしいと喜ぶことを、心が思い出してきてはいる。
 それでも、胃が受けつけてくれない。体が心に追いつかない。二つ目の最後の一口は牛乳で無理矢理流し込んだ。
 いくらおいしいと思っても、日頃の食事は茶碗に半分がせいぜいだ。以前の義勇なら稽古の後ともなれば、姉がちょっと呆れ顔をするぐらい、食べても食べても足りないぐらいだったのに。

『こんなに食べるんだもの義勇の服はすぐに小さくなっちゃうわね。もうすぐ私の背を追い越されそう』

 笑いながらおかわりをよそってくれていた姉の顔を思い出す。少し恥ずかしくて、でも誇らしかった、あの笑顔。おかわりと言う自分の声はきっとうれしげだった。
 炭治郎にも笑ってほしいのに。うまいと笑ってやりたいのに。
 錆兎たちだって心配そうだ。もう少し食べられないかと言われて無理をしたときに、体調を崩して寝込みかけたのを思い出しているのだろう。
 不甲斐ないと思う。どうして自分はこうなんだろうと、悔しくもなる。
 そして、不安にも。まともに食事もできないなんてヒーローじゃないだろう、と。

 せめてもう一つと、残るパンに手を伸ばそうと思うのだが、ためらいがぬぐえない。そんな義勇に、もういいよと、真菰が言い出しそうな気配を感じたそのとき。

「義勇さん、はい、アーンしてください!」

 明るい声に、一同の動きがピタリと止まった。もちろん、義勇も。