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ワクワクドキドキときどきプンプン 一日目

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6:炭治郎



 初めて見る剣道の稽古に大興奮した、ゴールデンウィーク初日のお昼。
 義勇の格好いいところをいっぱい見られて、炭治郎は大満足だった。いつまでも興奮が冷めなくて、宇髄や錆兎にちょっと呆れられてしまうぐらいに。
 でも煉獄は炭治郎と一緒になって、いっぱい義勇を褒めてくれた。きっと誰が見ても義勇は凄く強いんだろう。それこそ煉獄の目からも。剣道のことは炭治郎には全然わからないけれど、それでも素振りする煉獄は、とても強そうに見えた。そんな煉獄にだって褒められたのだ。やっぱり俺のヒーローは凄いと、とてもうれしくて誇らしかった。

 稽古が終われば、みんなでお昼ごはんだ。山盛りにしたパンを、みんな大喜びで食べてくれて、それもまたうれしい。
 初めて逢ったときに義勇が食べてくれたミニクロワッサンは多めに入れてもらって、いっぱい食べそうな宇髄や煉獄のためには、お惣菜系のパンをどっさりと。二人はうまいうまいと炭治郎がビックリするぐらいいっぱい食べてくれた。禰豆子も好きなデニッシュは、真菰もとても気に入ってくれたみたいだ。おいしいねぇと禰豆子と顔を見合わせて笑ってくれたのがうれしい。
 錆兎はクロックムッシュが気に入ったみたいで、温めるともっとおいしいよと教えたら、さっそくレンジに走っていった。今度から温めてから食べると言ってくれたから、きっともっと好きになってくれたんだろう。
 鱗滝がうまいなと言ってくれたクルミパンも、竈門ベーカリー自慢の一品だ。ブルーベリージャムの小瓶もお母さんは一緒に入れてくれたから、ちょっとつけるのをお薦めしたら、なるほどこれもうまいと笑ってくれた。

 運んでくれた煉獄には申し訳ないけども、みんなこんなに喜んでくれたから、いっぱい入れてもらってよかったと、炭治郎も喜んだのだけれど。

「なんだぁ? おまえこんなちっこいクロワッサン地味に二つでギブかよ」
「うーむ、冨岡は本当に少食なのだな。千寿郎でも、竈門ベーカリーのパンなら三つはぺろりとたいらげたものだが……」

 義勇だけは、どうしてもみんなのようには食べられないみたいだった。炭治郎は、義勇から漂ってくる悲しいような苦しいような匂いに、胸がきゅっと苦しくなった。
 無理に食べなくてもいいですよ。そう言いたくなったけれど、炭治郎はどうにかそれをこらえた。だって、義勇から一番強く香るのは、悔しがる匂いなのだ。

 きっと義勇さんは、もっとちゃんと食べたいと思っているんだ。でも食べられないのが悔しいんだ。どうしよう。どうしたらいいのかな。

 義勇が困っているのなら、炭治郎だって手伝ってあげたい。なにかいい案はないかなと思った炭治郎の頭に、ピカリと光るようにアイディアが一つ浮かんだ。

「義勇さん、はい、アーンしてください!」

 名案だと思ったのだ。もっと小さかったころの禰豆子や竹雄や花子も、あと一口が食べられないときに炭治郎がアーンして食べさせてあげると、ちゃんと食べられたから。
 これなら義勇さんもきっと食べられるぞ! 疑いもせず炭治郎はにこにこと義勇の口元にクロワッサンを差し出したのだが、義勇はピタリと動きを止めたままだ。まじまじとクロワッサンを見つめているばかりで、食べようとしてくれない。
 おまけに、ほかのみんなも義勇と同じく、身動き一つしないで炭治郎と義勇を見ている。いや、禰豆子だけは不思議そうに、キョロキョロとみんなを見ているけれども。

「えっと……アーンしたら、義勇さんも食べられるかなって……」

 だんだん声が小さくなってしまったのは、みんなに見られて恥ずかしかったからだけじゃない。義勇が嫌がることをしてしまったと思ったからだ。
 義勇に嫌われたり嫌がられたりするのは、とっても悲しい。絶対に嫌だと思う。でも炭治郎はまだ、錆兎たちみたいに義勇が考えていることがわかるわけじゃないから、こんなふうに義勇を困らせてしまうこともある。

 しょんぼりと手を下げかけたとき、義勇の唇が小さく開いた。
 ぱちくりと目をしばたかせる炭治郎の目の前で、薄く開かれた義勇の唇。なんだか目を奪われてぼんやりしてしまったら、義勇はちょっと首をかしげてもう少し大きく口を開けた。
 たぶん、炭治郎が動かないのは自分が口を開けるのが小さすぎて、食べさせられないからだと思ったんだろう。

「えっと、アーン?」

 言いながらおずおずと義勇の唇までクロワッサンを持っていけば、義勇の白い歯がのぞいて、クロワッサンに一口かじりついた。
 もぐもぐと噛みしめるのを、思わず息を詰めて見守ってしまう。錆兎たちや鱗滝だけじゃなく、煉獄と宇髄も炭治郎と同じく、じっと義勇の口元を凝視していた。
 こくりと、義勇の白く細い喉が動いて、今度はさっきより大きく唇が開いた。
「っ!! はい、アーン!」
 うれしくって、何度もアーンと大きな声で言いながら、炭治郎がクロワッサンを義勇の唇へと運び、義勇がそれをかじり取ることしばし。
 義勇がクロワッサンを完食したときには、宇髄と錆兎を除いた全員が拍手してくれた。義勇からは、困っているような照れているような匂いがする。それからそれより少し濃く、強い、うれしそうな匂いも。
 だから炭治郎もうれしくなる。義勇がちゃんと食べられたこともうれしいし、なにより炭治郎の手から食べてくれたことが、ただただ幸せでたまらなかった。
 禰豆子たちにアーンで食べさせた後に褒めてやると、大好きな炭治郎が食べさせてくれるからがんばったと、みんな誇らしげに笑ってくれた。義勇ももしかしたら、炭治郎のことが大好きだから食べてくれたのかもと思ったら、うれしくならないわけがない。

「なぁ、俺らなに見せられてたんだ……?」
「あー……飼い主の手からじゃないと飯が食えない子猫の図?」

 ぼそぼそと小さな声で言いあう宇髄と錆兎の声が聞こえた気がしたけれど、たぶん気のせいだろう。だって義勇がちゃんと食べられたことを、そんな疲れた声で言われるはずがないから。
 真菰だってうれしそうに笑っているし、鱗滝もうんうんとうなずきながら涙ぐんでるし。煉獄も「冨岡がんばれ! もう一口!」って応援してくれてるし。うん、きっと気のせい。だってみんなこんなにうれしそうだもの。

「おいしかったですか?」
「……うまかった」
「よかったぁ。もしも夕飯も、明日の朝ご飯も、食べるのがキツかったら、また俺がアーンしてあげますね!」

 そう言ったら、義勇だって小さく微笑んでくれたから。炭治郎はとても幸せな気持ちになったのだった。

 今日から四日間、大好きな義勇やみんなと一緒。ワクワクドキドキは、始まったばかり。