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嫉妬

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「宇髄!任務明けで疲れていることは承知しているが、このあと買いものに付き合ってもらってもいいだろうか!」


背中にかけられた溌剌とした煉獄の言葉に、宇髄天元は己の耳を疑った。


睡魔と戦いながら本部への報告を済ませ、今日はもう帰って風呂入って寝るだけだと思っていた矢先のことだ。
疲労も眠気も何もかもが吹き飛び、限りなく爽やかな笑顔をもって振り返り気前よく片手をあげてみせる。


「あたぼうよ!どこにでも行ってやるぜ!」


余裕を取り繕いながらも、宇髄はかつてないほど動揺していた。

誰も彼も魅了してしまう炎柱を守るために恋仲という噂を流し、苦しい口実を並べ立てて兜合わせまで漕ぎつけたものの、正直心の距離は同僚のそれだ。
こちらからの誘いには、多忙な中時間をつくって快く応じてくれるが、それは相手が俺でなくても同じ。
しかし、自立心の高い煉獄から鍛錬以外の何かを人に依頼することなどほとんどない。


それなのに。
俺に。
しかも買いものの同行。
これは最早逢引だ。


地に足がついていないような、浮ついた気持ちをなんとか抑え込んで、煉獄と連れ立って街へと出た。


「実は、君が帰還するのを待っていたんだ。」

並んで歩きながらやや俯き加減で煉獄はそう言うと、ちらりとこちらを見上げ困ったように眉尻を下げる。

「ほかに頼める者も思いつかなくてな」

「嬉しいねぇ。お前の役に立てるならなんだってするぜ」


堂々と言い放ちつつも、宇髄は脳内に溢れ返る欲望を閉じ込めておくことに余念がない。

……ああ。
歩くたびに揺れる派手な髪色の頭を、思いきり腕に掻き抱いて俺の胸に押しつけてしまいたい。
頬を指先でくすぐって、戸惑いと羞恥に苛まれる表情を、相手が目を伏せるまで見つめ倒したい。
筋肉質なくせに意外と絞られている腰まわりに手のひらを這わせて、引き寄せた勢いでたたらを踏み寄りかかってくる頭の匂いを、肺一杯に嗅ぎまわしたい。

公衆の面前であまり節操なしな行動をとると煉獄の逆鱗に触れてしまう為、軽はずみなことは控えなくてはならないが、衝動は次々と押し寄せてくる。

肩に腕をまわすくらいならいいか…?
しかしいきなり触れたらさすがに引かれるかもしれない。
でも一応恋人なわけだし、そのくらいは許容範囲なのでは…?

悶々と自問自答を繰り返すこちらの胸中などつゆ知らず、煉獄はある店に足を向けた。


「返礼の品を選びたいのだが、あまり大仰になっても不躾かと思うと迷ってしまってな。君に助言をもらえると助かる」

「あーなるほどな。そういうのは釣り合いが肝要だろうよ」


着いた先は小間物屋。
半歩前を歩く煉獄についてのんびり店の中に入っていき、周囲をぐるりと見回す。
途端、宇髄の緩んでいた頬が引き攣った。


「傘の礼なのだが、やはりこの辺りが無難だろうか…。どう思う、宇髄」

「……なあ煉獄、相手は女なのか?」


煉獄が足を止めた棚には、簪や櫛、草履に化粧品等、女物の商品が並べられている。


「そうだ。」

迷いのない肯定に、衝撃が走る。
煉獄の表情は真剣そのもので、浮かれていた心が打ちのめされた。

「女性の気持ちは君のほうが理解しているだろう」

「…だから俺を頼った、と」


……ふうん。
煉獄が女に贈りものねぇ…
まあ、こいつは俺と同じで顔も中身もいい男だし、十分有り得るんだろうけど…
俺が知らなかっただけで、今までもあったのか?
色恋ごとには疎くても、義理は果たすだろうしな。
あーもー、そういうことするから勘違いする野郎が出てくるんだろうが…

色々な言葉を飲み込んで、ひとつのため息に変換し足下に落とす。

なんであれ、こいつが困っている以上適当なことはできない。
複雑だが、俺を頼ってきてくれたことを後悔させるなんて矜持が許さない。

嘆息し、気持ちを切り替えて眼前の品々に向き直った。


「…んで?傘の礼だっけ?」

「うむ。食材の買い出しに出た折りに雨に降られてな。厚意で傘を貸してくれたのだが、ひらく際にご本人の目の前で壊してしまった」

「ぶはっ、そりゃド派手でいいね。」

想像し、思わず吹き出してしまった。
いやはや本当にこの男、やることが豪快で好ましい。
その女性もさぞ驚いたことだろう。

「壊しちまったんなら似たような傘でいいんじゃねえの?」


相手も所持していた傘が一本減っているのだ。
妥当だと思ったが、煉獄は腕を組んで眉根を寄せる。


「その場でそう申し出たのだが、傘はなおすから問題ないと辞退されてしまってな。一度断られたものを押し付けるわけにもいくまい」

「なおす?大破したんじゃねえのか。てっきり俺は粉々になったのかと…」

「君、俺をなんだと思ってるんだ」


どことなく拗ねたように唇を尖らせ、下から睨みつけてくる。
…くそ。可愛い。

作品名:嫉妬 作家名:緋鴉