嫉妬
再び湧き上がってくる煩悩を柱の精神力で打ち払いつつ、顎に指をかけて真面目に思考する。
「ふむ…。女に対して装飾品を贈るとなると、気を持ってると勘違いされる場合もあるからな…」
「まさか。それはないだろう」
「一般論だよ。しかも相手はお前だぜ?俺ならころっといく」
煉獄の一番恐ろしいところは、笑顔の破壊力だ。
容姿も良く明朗快活、義理に厚く笑顔が可愛い男から、己を着飾るものを手渡されたら男女問わず落ちるだろう。
「ならば菓子などはどうだ?」
ああああ。
色気より食い気。
お前って本当に俺のツボをついてくる。
「食いものは好みもあるが……日持ちがしないものも微妙だよな。煎餅とかならまだいけるか」
「いや、駄目だ」
「ん?」
「煎餅はやめた方がいい」
「……?」
頑なな態度を不思議に思ったが、贈る当人が納得しないものをあげたところで意味がない。
「やはり難しいものだな…」
困り果てた様子で、煉獄が小さく息を吐く。
視界に入ったつむじが可愛くて、宇髄の行き詰まった頭の中にほんわかと花が咲いた。
と、同時に考えが浮かんだ。
「煉獄、店出るぞ」
「うむ…」
目的の店に向かいつつ、糸口が見えたことで生まれた余裕が子供じみた嫉妬心に塗り潰されていく。
頭の回転が速く、状況把握や情報処理にも明るい煉獄は最善策を弾き出すのが早い。
端的にいえば、頭が良いのだ。
そんな煉獄をここまで悩ませ、戦場ですら瞬時に切り替わる思考回路を独占している一人の女の存在を疎ましく感じてしまう。
どんな容姿の相手なのか想像を膨らませていると、後方でぽつりと呟かれた独り言を、音柱の聴覚が拾い上げた。
「いっそ、食事にでも誘ったほうが早いだろうか…」
「それ一番駄目なやつだからな!煎餅なんか比じゃねえから!」
勢いよく振り返り、間髪入れずに釘を刺しておく。
すると、信じられないとばかりの表情の相手と視線がかち合う。
「なに!煎餅よりもか!?」
「お前の中の煎餅の位置付けが正直わかんねえけど、間違いねえ!」
…そう。
頭の良い煉獄だが、最善というものが存在しない人の心を相手にしたときはその本領を発揮することが難しいらしい。機微に聡いぶん、慎重になるともいえるだろう。
そして、弱きを守り慈しむことを骨の髄まで叩き込まれたこいつは、想われることに対する思考を持ち合わせていない。
何をすると他者を惹きつけてしまうかということを、そもそも意識に入れていないのだ。
だから誤解を招かない無難な答えを導き出すことが苦手で、自負しているが故に俺に声をかけたのだろう。
そうこうしているうちに、目当ての店である呉服屋に着いた。
「ここだ。行こうぜ」
「い、いやしかし…着物などそれこそ仰々しいのでは…?」
「そりゃあな。探してるのは着物じゃねえよ。」
怪訝そうな煉獄ににっと笑ってみせ、宇髄は店内の一角で足を止めた。
屈んで棚から手に取ったのは、薄手の風呂敷。
「こういう使い勝手のいいやつのほうが喜ばれるかなって思ったんだが、どうよ?」
「…なるほど。確かにこれならいくつあってもいい」
素直に感心した様子で手前の一枚を広げる相手を見遣り、場所を空けてやる。
「柄や色はお前が選んでやればいい。俺はその辺見てまわってるから、済んだら声かけてくれ」
「うむ、ありがとう。宇髄」
例の破壊力満点の笑顔を向けられ、その尊さに崩れ落ちそうになるのを全身全霊をもって堪えつつ、少し離れたところで余韻に浸ろうとその場を辞そうとしたとき。
「よし、決まったぞ!」
「早すぎるんだよ判断がぁ!」
余韻のよの字もないほど即決即断だった。
「こんなに品数あるのにどうやって決めたんだよ!」
ざっと見積もっても三十枚は下らない。
柄も染め方も人の手によるものなので同じものなどなく、選びはじめれば相当迷うはずなのだ。
しかし煉獄は、手にした柑子色の風呂敷を丁寧にたたみ直しながら小さく笑った。
「あの御仁に柄物は似合わないと思ってな。想像してみたらこの色が一番しっくりきた」
「……お前って本当にいい男だな」
こと煉獄絡みとなると、狭量になってしまう己が恥ずかしい。
勘定してくるから待っていてくれ、と店の奥に向かう金色の頭を見送って、宇髄は軽い自己嫌悪に陥りがしがしと後頭部を掻いた。
…少し、考えなおしたほうがいいのかもな。
煉獄は愛される男だ。
惚れていることが誇らしくなるほどのいい男。
そんなあいつを、俺なんかが囲いをつくって好意を向けてくれる他者との隔たりになっていてはいけない。
「すまない宇髄、待たせたな。」
懐紙に包まれた品を腕に抱え、戻ってきた煉獄と並んで店を出る。
「腹は減っていないか?付き合わせてしまった埋め合わせに、何か奢ろう」
「…なあ、煉獄」
「うん?」
往来で立ち止まると、やや前に出た煉獄が振り返った。
「お前さ、その人を幸せにしたいか?」