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嫉妬

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「……」


不意に二人の間に落ちた沈黙。
煉獄は表情を変えることなく微笑を称えたまま、こちらをじっと見つめる。
意志の強い眼差しから逃げ出したくなりつつも、唇を引き結んで正面から受け止めた。

やけに長く感じられた空白は、きっと数秒程度のものだったのだろう。
煉獄の笑みを象った口がひらき、はっきりと告げた。


「うむ、それはない!」

「…ない、のか…?」

「無論、幸せになってほしいとは思うが、俺があの人をというのは考えられない」

「……」


それは、どういう意味なんだよ。
お前の好みじゃないってことか?
それとも立場がある女なのか?

何を訊ねようにも、腑抜けた声しか出ないような気がして押し黙る。


「この話は終いだな!飯にしよう!」


そう言って煉獄が歩き出そうとしたとき。


「おやまあ…、また会いましたねぇ」


人混みで賑わう通りから、少し腰の曲がった老婆が穏やかに声をかけてきた。
柔和な笑みを浮かべている為、目元が顔のしわに埋もれてしまってどこを見ているのか判別できないが、俺の記憶にはないということは煉獄の知り合いだろうか。


「こんにちは、御婦人!ちょうど貴女にお会いしたいと思っていたところです。」

言いながら、煉獄はおもむろに腰を屈めて手にしていた包みを老婆に差し出した。
その姿に宇髄の目が点になる。

「先日はお心遣い、有難うございました。こちらはささやかですが御礼の品です。お納めください」

「そんな…なんの助けにもなれなくて、申し訳なく思っていたのに…」

「滅相もない!貴女の優しさは確かに受け取りました。傘の修理のほうは済みましたか?」


……ちょっと待て。
マジでそういうことなのか?
話に出ていた女性というのは若い娘などではなく、この腰の曲がったばあさん…?

長身である己の半分ほどしかない背丈の白い頭を凝視し、宇髄は二人のやりとりから自身の勘違いを徐々に自覚していく。

やがてぺこぺこと両者は頭を下げ合って、老婆は包みを大事そうに胸に抱き往来に消えていった。


「ありがとう、宇髄!君のおかげで今日渡すことができた!」

「…なあ、もしかして煎餅が駄目って…」

「うむ。あの御仁は歯がないようだったから、堅い煎餅などの食べものはまずいと判断した!」

「ああ…そうね。……確かにあのばあさんに柄物の風呂敷は煩すぎるだろうよ」

「そうだろう。あの優しい雰囲気には温かい色がいい」


晴れやかな表情で言い放つ相手の頭に、宇髄は腕を乗せて顔を突っ伏し重たい溜め息を吐いた。
そりゃあばあさんを幸せにするなんて考えられないよな。


「……俺の、覚悟を…返せ…」

「覚悟?」


煉獄がきょとんとして訊き返してくるのに対し、恨めしげに低い声音で呟く。


「そうだよ。お前を手放すっていう覚悟を決めてたの、俺は。煉獄が幸せにしたいって奴がいるなら、閉じ込めてねぇでその女に譲ったほうがお前も幸せになるだろうって…。それがばあさんとか……いや安心したけど俺がどんだけ葛藤したことか…」


ぶつぶつと呪詛のように独り言を吐き連ねていると、煉獄は頭上にのしかかるこちらの腕を取り、向かい合った。


「宇髄、俺は君に縛られているつもりはない。好きで一緒にいるんだ。」

低い位置から見上げてくる力強い双眸に、視線が吸い寄せられる。

「君と今、こうしてともにいることを選んだのは俺自身の意思であり、所帯を持たないのもまた、俺の意志だ」

「……」

「力のない者の盾になる覚悟はできていても、己の命を繋ぎ大切な人を悲しませない覚悟は、俺にはない。きっと、幸せにしてやることはできないだろう」

「お前…、」

「だから宇髄。君が思い悩む必要はない。君は、俺とは違う」


ーー君は、俺とは違う。

そのひと言が、深く胸に突き刺さる。
こいつとは、守りたいものが違う。
戦う理由も、生きている理由も違う。
だから当然、価値観や覚悟の種類も違ってくる。


「…俺のほうが年上なんだから、あんまり大人なこと言うなよな」

「うん?」


宇髄は小さく笑って、豪快に相手の肩に腕をまわした。


「わかったよ。要するに、俺は何も考えずにお前を愛せばいいわけだ」

「それはまた暴論だな!」

「あー腹減った。飯行こうぜ、飯」


人それぞれ、見据えている先は異なる。
わかっているはずでも、愛しい者との明確な差異を突きつけられると、やはり堪えるものらしい。

それでも煉獄は、自分の意志で俺のそばにいると言ってくれた。
その言葉に偽りはないのだろう。
今は、それだけで十分だ。

抱いた相手の肩をぐっと戯れに引き寄せると、盛大な腹の虫が近くで鳴いた。
さっと腹部を手で覆う様に遠慮なく笑う。


「すげー音だな!煉獄も朝飯まだなのか」

「いや…食ったんだが……不甲斐ない」


腹をさすりながら口籠る男のいじらしさに、またもや口元が緩んでしまう。
しかしこの俺が嫁以外に嫉妬するなど、後にも先にも煉獄だけだろう。

確固たる意志を持ち、誰にでも分け隔てなく優しく接し、弱きを守る。
どこまでも格好良く、気高い炎柱。
放っておくことなど、誰ができる?
惚れずにはいられない。

そんな可愛い男のために、今日も宇髄は飯屋を探すのだった。

fin.
作品名:嫉妬 作家名:緋鴉