天空天河 五
いや、まだ、謝玉を暗殺した者がいる。捕まえて、奴を殴(たぐ)れば、大きな証拠に辿り着く。」
苦々しげに靖王が言った。
それに対して、顔色も変えずに、長蘇が言う。
「、、さぁ、、どうでしょうか。」
「何ッッッ。」
程なく、戦英が戻ってくる。
靖王と長蘇の前に跪き、言葉無く項垂れた。
「、、、刺客は、、死んだのだな?。」
長蘇が言った。
「申し訳ありません。
飛流が捕まえていたのですが、我々が行くと、刺客の女は、歯に仕込んだ毒を飲み、、、。」
戦英は平伏した。
「列将軍、気に病まずとも良いのです。
自決する程、主に忠実なのです。
拷問にかけようと、黒幕の名など、漏らしはしない。」
長蘇はそう言うと、戦英の腕を取り、立ち上がらせた。
「一体、誰が、刺客など、、、。
謝玉はただの手先だと?。口封じなのか。」
「、、大体の目星は、付いていますよ。」
悔しげな靖王に対して、長蘇は、さして驚くでもなく、落ち着いた口ぶりだ。
靖王が尋ねる。
「蘇哲は、刺客が来ることを、予見していたのか?。何故、分かったのだ。一体、どうなっているのだ?。」
「靖王殿下、まずは、この場を収拾しませんと。
人が死んだのです。
しかも陛下の寵臣です。
一大事ですよ。ふふふ。」
靖王は、長蘇の言葉に眉を顰めた。
「京兆尹に連絡を。」
長蘇は配下に、京兆尹への連絡を促した。
捜査の要請をすると言う長蘇に、靖王は驚いて、長蘇の腕を掴み言った。
「こんな奇異な話、、、京兆尹にどう説明しろと、、、。」
「見たままを。」
「は?。」
まるで、何か面白い劇でも、見ているかの様に、長蘇が言う。不意の波乱にも、全く動じない。
怖がる所が、酷く落ち着き、この先の物語までも、見通している様だ。
「刺客の主が、動きますよ。」
靖王は大きく目を開いて、長蘇を凝視している。
靖王の視線に、長蘇は、微笑みで返して言った。
「靖王殿下は、寧国公府から、呼び出しを受けた私に、頼まれたのです。
私は、懇意にしていた誉王と決別し、謝玉の呼び出しに窮したのです。喧嘩した誉王と和解しようにも、誉王は行方不明で、誰を頼れば良いのか分からず。
私は、金陵に来た折り、助けて頂いた、靖王殿下をふと思い出し、救助を求めた。
親切で正義感の強い殿下は、書生が寧国公府に、呼び出された事を心配して、来てくださった。
そうしたら、このざま、、、、で、間違いないですよね。
、、、ただ、飛流の件は、隠してください。
謝玉が変な力を出し過ぎて、勝手に、力尽きたということで。」
密偵をしていた配下と、靖王の配下に、長蘇は言い含めた。
そして最後に、靖王にも。
「、、、、宜しいですね?。靖王殿下。」
にっこり微笑んで、話す長蘇。
『宜しいですね』と、長蘇は尋ねつつ、だが、ほぼ強制だった。
━━小殊って、、、こんな奴だっけか、、。━━
靖王は、子供の頃の林殊の姿を、思い出していた。
皇宮への出入りを許された、郡王や将軍の子供達。
同じ年代や、年下の子供は、林殊の後を歩き、皇宮の中を、所狭しと遊び回った。
時折は悪さも、、、。
口裏合わせは完璧で、いつも面白い遊びをする林殊を、裏切って、密告する子供など、一人もいなかった。
、、、、なのにいつも、大人には、林殊が起こした事だと、知れていた。
━━あぁ、、そうだ。
こうやって、口裏合わせしてたな。
確かに目の前にいるのは、小殊、そのもの。━━
納得したら、子供の頃と変わらぬ長蘇が、急に可笑しくなって、靖王は笑ってしまった。
急に、昔の事が蘇ってくる。
━━そうだ、折角、口裏合わせをしたのに、大人達には見抜かれていて、小殊は散々な目に、、、
、、、、私もとばっちりを受けたが。━━
靖王は、思い出し笑いが、止まらない。
「??、、殿下?。」
怪訝な顔で、靖王を覗き込む、長蘇。
「いやいや、、、何でもない、、何でもないのだ。クックックックッ、、。」
長蘇に見られれば見られる程、林殊と重なり、きょとんとした表情で覗き込む長蘇に、笑いが堪えられなくなる。
長蘇は、『林殊』という過去を、隠している筈なのに、、。
━━ククク、、、小殊、、これでは丸わかりだぞ。━━
林殊は、納得がいかないと、靖王にはとことん詰め寄る。
、、、しかもしつこい。
「殿下??、、何が可笑しいので?、。」
「、、プ、、ククク、、、。」
自分が林殊に戻っていると、気が付かない長蘇が、可笑しくて仕方ない。
『もう聞いてくれるな、顔を見るな』、と靖王は、笑いながら、背中を向けてしまった。
だが、長蘇は、靖王の表情を読み取りたくて、追いかける。
長蘇は靖王が、自分の事で笑っているのは分かっていて、何を笑っているのか、突き止めたかった。
「何でもない、、何でもないのだ、、。
、、ぁ、、止めろ、、、こら、、。
見るな、、そんなに、、ククククク、、、
、、、、、、、あ!。」
足が縺(もつ)れて、倒れる長蘇を、靖王の腕が包んだ。
「、、、。」
「、、、、。」
見つめ合ってしまう二人。
端正な靖王の面差しの、瞳に映る、自分の顔が、、、。
優しげな、長蘇を包む様な、靖王の眼。
──ぁぁ、、、嘗ても、、こんな事が、、、。──
『何があっても、動じてはならない』と、組織の長たる者の心得を、林燮から教えられた。
長蘇の心の、一切の弱味を見せぬ様、分厚く作られた瑠璃の壁が、脆く壊れてしまいそうだった。
靖王の腕から伝わる、長蘇への優しさと想いが、頑なな、瑠璃の中の長蘇の心を、柔らかく包むのだ。
長蘇は、どくん、、と高鳴る響きを、靖王に気取られぬ様にするが、精一杯だった。
だが、、、
、、、このまま、靖王に腕を回し、抱きついてしまいたくなる。
泣けてしまいそうに。
時折、長蘇の心が、弱さを露わにする。
──抱き締められたい、、、景琰に、、、。──
靖王に、強く抱き締められ、『大丈夫だ』と、言葉を掛けらられば、これまで辿った道の苦難が、全て融けて無くなる気がした。
心から離れぬ、地獄の様な梅嶺も、、、孤独でやるせない恩讐の心も、、、、共に、、、。
──景琰、、、、。──
靖王が、優しく微笑む、、、、。
─── 十 終 ───