穴場の消し方
「そういえば君、風呂はどうしているんだ?」
前触れなく、煉獄からそう訊ねられたことがある。
猗窩座は特に取り繕うこともなく、素直に川で済ませていることを伝えた。
予想通りだとばかりに頷かれ、煉獄はなんの忌憚もなく笑顔を向けてきた。
「以前同僚から聞いたのだが、近くに温泉があるらしい。今度行ってみないか」
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数日後。
日が沈み、煉獄に連れられて来たのは竹林だ。
自然と湧き上がる温泉を誰かが岩で囲い、それなりの形にしたらしい。
集落から離れた奥まった場所にあり、ここを目的として足を運ばない限り人は来ないだろうが、念のため人に擬態し万一誰かが来ても異形の鬼と分からないよう配慮しておく。
「うむ、これは良さそうな温泉だな!」
言うが早いか、煉獄は嬉々として服を脱いでいく。
肌を重ねたことがあるとはいえ、まったく恥じらいもなく裸体を晒す男の警戒心のなさに呆れてしまう。
月光に照らされる張りのある肌を横目で見遣りながら、猗窩座も同じく服を脱いだ。
「……」
すると、隣から強烈な視線を感じて、褌を緩める手を止め顔を上げる。
ただでさえ大きく印象的な赤い双眸を更に見開き、こちらの身体を凝視していた。
「…どうした、杏寿郎」
「あ……いや、大胆だな、君」
咄嗟に煉獄はぱっと視線を外し、片手で口元を覆い隠す。
対する猗窩座の口はあんぐりと開いた。
「…はあ!?」
「す、すまん。じっくり見るつもりは……しかし、あまりに平然と脱ぐから…」
いやいや。
率先して素っ裸になっておきながら、何故人を大胆だと評しているんだ。
先に平然と脱いだのはお前だろう。
そして逸物を晒しても羞恥の欠片もなかったくせに、こっちを見て照れるんじゃない。俺が恥ずかしいだろうが。
「っ…頬を赤らめていないでとっとと入れ!」
なんだかこちらまで顔が熱くなるのを感じつつ褌を外すに外せなくなってしまい、八つ当たり気味に片手で煉獄の背中を思いきり叩いた。
ばちんという派手な音とともに「うぐっ」と苦しそうな呻きこそあがったが、さすがは炎柱。体幹はぶれることなく、やや前傾になるのみ。
「お、押すんじゃない!」
本当は押すどころか吹っ飛ばす勢いで平手を入れたのだが、煉獄は抗議しつつも縁にしゃがみ、湯気のたつ水面にそっと足を下ろした。
「うむ!少しぬるいが、これはこれで疲れがとれそうだな」
嬉しそうにそう言った煉獄が腰まで浸かったのを確認し、褌を外して猗窩座もあとに続いた。
それほど深くなく、底に尻をつければ胸のあたりの湯量だ。足を伸ばして四人入れるかどうかといったところか。
程よくぬるい湯は特に変わった泉質ではないようで、夜の暗がりでも無色であることがわかる。
少し前に煉獄とともに銭湯に行ったきり、温かい湯で身体を休めることはなかった。
鬼に疲労などという感覚はないが、これはこれで心地良いかもしれない。
肩まで浸かれるよう臀部を前にずらし、二人揃って岩に頭を軽く預ける。
目を閉じれば、さわさわと笹が風に揺れる音が耳に届いた。
「…気持ちいいな」
「ああ…。」
ぽつりと落とされた言葉に、短く返す。
浮力に身を任せ、漂っていた左手が煉獄の右手に一瞬触れた。
「ん、すまん」
「いや。……ふふ、」
反射的に謝ると、隣から愉しげな笑い声が漏れてきてちらりと視線を投げる。
煉獄は穏やかな表情で今しがた触れ合った右手を持ち上げ、月でも掴むかのようにまっすぐ空に伸ばした。
「君と温泉を嗜むような仲になるとは、世の中わからないな」
「同感だ。しかしその道を選んだのは世の中ではない。俺と杏寿郎だ」
煉獄の鍛え抜かれたしなやかな腕を伝う水滴が妖艶で、無性に触りたくなってその腕に手を伸ばす。
二の腕に指先を這わせて先端へとなぞり上げ、手を絡めとるようにして己のほうに引き寄せる。
そのまま口元に持っていき、相手の手の甲に唇を押し当てるだけの接吻を落とした。
「っ……意外と気障なことをするんだな」
「そうか?だとすれば、お前の美しさがそうさせるのだろう。」
そう言って身体を起こし、ぱちゃ、と水音をたてながら煉獄の腰を跨ぐように膝立ちになって覆い被さる。
僅かに朱を刷いた精悍な顔を見下ろすと、濡れた胸元や首筋に赤混じりの金の髪が張りついて凄絶な色気を放つ様に、猗窩座は目を細めた。
「お前は美人だ、杏寿郎…」
「むさ苦しい男に対して言う言葉とは思えない」
彼の肌から匂いたつ甘い香りに頭の芯がぼんやりしてくる。
手のひらを相手の腹筋に当てがい、固い感触を楽しんでいると煉獄の身体が緊張するようにぴくりと震えた。
「擽ったいか?」
「そうではないが……まさかここで変な気は起こさないだろうな…?」
「仮に変な気を起こしたところで問題あるまい」
下から睨み上げてくる真紅の隻眼を視線で受け止めながら、隆起した胸に片手を移動させる。
指先で胸の飾りを遊ぶように弾くと、手首を強く掴まれた。
「っ…大いに問題ある。状況を見ろ!」
「俺の下に全裸の杏寿郎がいる、この状況をか?」
「君は阿呆か!外だと言っている!」
張りのある煉獄の大声が、鬱蒼とした竹林に響き渡った。
「…ふむ。確かにそこまでの大音声は人を集めかねん。だが杏寿郎、」
「あ……ぅ、」
ぐっと上体を沈ませ、煉獄の首筋に舌を這わせる。
顔を逃すように頭を仰け反らせるが、逆に首元が顕になり舐めやすくなるだけだった。
そのまま上へと舐め上げ、髪を軽くどけて耳を舌で擽ってやる。
「んんっ…」
「…お前は情事の際、声を抑えるから大丈夫だ」
耳元に直接言葉を流し込んで息を吹きかけると、煉獄はぎゅっと目を固く閉じ、薄くひらいた口唇から甘い吐息を溢した。