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耳を澄ませば浅く早い息遣いを感じ取ることはできたが、空気が抜けるようなひゅーひゅーという乾いた音の方が耳についた。


「……殿は」

「まだ見つかっていないらしいけど、時間の問題だろうねェ」


ひどく掠れた、弱々しい声。
注意して聞いていないと聞き漏らしてしまいそうな、呼吸のついでに紡がれた問いに宗矩はいつもの調子で応えつつ、暗闇に慣れてきた目で左近の状態を確認する。

着衣は至る所が銃創でささくれ立ち、防具も欠けて裂傷も目立つ。
腹部に乗せられた冷たい手をどかしてみると、左近は乾いた咳を何度かして血の塊を床に吐き出した。
その拍子に、今まで手が乗っていた箇所からこぷりとどす黒い血液が溢れ出し、それを目で追って初めて血溜まりができていることを知った。

安静にしていれば、まだ助かったのかもしれない。
それでも無理をおして、傷口を塞ぐことよりも主を早く安心させてあげたい一心でここまでなんとか来たのだろう。

…本当に、この御仁は口惜しい生き方をする。


「もう歳なんだからさ、大人しく隠居してればよかったのに」

「…そう、かもね」


笑うのもつらいのか、一度相好を崩した顔はすぐに歪んでまた咳と血痰を落とす。


「…銃弾、残ってるねェ。」

それも一発ではなさそうだ。
服を着ていて視界も不明瞭なため断言できないが、文字通りの満身創痍。
そしてこのおかしな呼吸は、おそらく肺を傷つけてしまっているのだろう。

「どうする島殿。そのままだと間違いなく死ぬだろうけど、ダメ元で弾ァ掻き出してみるかい?」

とうに血を流しすぎて、そんな選択肢なんてないのかもしれないけれど。

「正直、島殿のことは死なせたくないんだよねェ。お宅の達観してるくせに意地っ張りなとこに、拙者毒されちゃってるから」


ふ、と小さく笑う気配。
どうやらもう喋ることも難しいらしい。
が、次第に瞬きが増えてきた伏し目がちな瞳だけは、相変わらず強い光を放っていて。
助けなどまったく必要としていない意志が見てとれた。

そんな中、左近が何か言おうとしたのか口を動かすが、喉に血が引っかかりまた咳き込む。
音にはならなかったが、唇の動きはなんとなくわかる。
ここに来て初めて、宗矩は目を細めて笑った。


「…本当、意地っ張りな御仁だよォ。よりによって拙者にそれを言うかい。」

言いながら床に広がる夥しい鮮血に視線を落とし、細く長い息を吐くと宗矩は腰を上げて、大太刀を鞘から抜き払った。

「拙者も甘い……殺せと頼まれて不殺を曲げるなんて、後にも先にも島殿だけだ」


もう十分、苦しんだだろう。
銃弾を腹の中や、下手をすれば足の中にも抱えつつ意識を手放すこともしないで。
それこそ、死んだほうがマシな激痛だったはず。
それを、ここで終わらせてあげよう。
眼下の男の喉から零れるひゅーひゅーという音だけが、静まり返った空間を控えめに埋める。


「……」


ようやく眠れる、と礼を言われた気がして、宗矩は微笑した。
俯いてしまっているが、きっとこの男も笑っているのだろう。

言いたいことは山ほどある。
伝えたい言葉も、本当はある。

…意地っ張りは自分も同じか。
自嘲気味に胸中で呟いた。


「ーーおやすみ、左近殿」


大太刀を振り上げて、袈裟に斬り下げる。
迷いも遠慮も、すべてが侮辱になってしまうから。
剣豪として、洗練された殺しの剣を振るった。

彼の喉の音も途切れ、数多の戦場を駆け抜けた逞しい体躯がずるずると傾いていく。
やがてごとりと頭が床に落ち、一切の音が消えた。


ーー俺も、あんたの毒に犯される前に、殺してくれ。


声を発することができなくなったとき、左近の唇が紡いだ言葉を反芻する。
とっくにお互い毒されていたくせに。

力の加減が効かず、人を殺める簡単さを知ってしまってから不殺を己に課した。
それ以来、その戒めを解いたことなんて一度だってなかったし、これからもない。
これが最初で、最後。

宗矩はそのまま夜を待ち、軽くなってしまった冷たい身体を山に埋めた。
大きくて力強い、松の木の下。
花が咲く木ではないが、まあ没地味な島殿を自分が供養するならこのくらいがちょうどいいかな、などと正当化して。


「あーあ…すっかり毒が抜けちゃったよォ。こりゃあおじさんは長生きするかなァ」


そう独りごちて、脇差を抜き木の幹に十字を刻む。
一見したら野生の熊の爪痕にでも見えるかもしれないけれど、自分だけは忘れない彼の墓標。
キリスト教徒でもなんでもないが、他に思いつかなかったので適当に施したと言ったら呆れられるだろうか。

こつりと、爪先が蹴っ飛ばした松ぼっくりを拾い上げ、無言で眺めたあと何となしに木の根元に置いてみる。
一度目を離してしまえば、他の松ぼっくりと見分けがつかなくなってしまうくらい自然に馴染んでいて、もう少し違うものはないものかと辺りをきょろきょろ見てみるものの、そんな都合よく供え物は見つかってくれなかった。


「今度来るときは大和の地酒でも持ってくるから、今はそれで我慢しといてよ」


なんでもない軽口に反応してくれる世話焼きな男は、もういない。
そっと懐に手を忍ばせ、指先に触れたものを取り出した。
一緒に埋めてしまおうかとも思ったが、逡巡して男から外した髪留めの結い紐。
こんな未練がましいことをした己に、自分自身が一番驚いていたりするのだが。
まあ、生きているうちは預かっておこうかなという程度には考えている。
適度な毒はあったほうが身体にもいいと言うことだし。

ゆっくりと立ち上がり踵を返し、柔らかな落ち葉を踏み締めて山小屋に繋いだままの馬の元へと向かう。

一度も振り返ることはない。
ただ、手の中の結い紐を強く、握り締めた。

fin.
作品名: 作家名:緋鴉