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ラオリュウ小話詰め合わせ

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この変化を、師兄はもう知っているだろうか。私はすぐに師兄のもとへ行き、夏の終わりが来たかもしれないと話した。

「そうか。ならば色々と用意をしなければな。特に明け方冷えだすと、ぐずぐず言う誰かのために」
師兄は寝台の方を一瞥するとすぐに小憎らしい笑みを私に向けてきた。
「寒さが嫌いで私を離そうとしないのは誰だか」
それは涼風のみぞ知る、といいかげんなことを言う師兄にやや呆れつつ、はやくも初秋を待ち侘びてか、私は夏と冬の間に使うとろりとした布の肌触り、それからより長く混ざりあう「誰か」と私のぬくもりとを思い浮かべていた。

2022.9.1.

(10)
中秋節の夕食どき、自分の食事がひと段落したところで、リュウは席から立って部屋の奥まで行くと、祭壇脇に生けられたすすきの束から穂先をもぎとって三つ編みにし、それを大体両腕を広げた長さになるまで何房も繋げて即席の紐を二本作った。
彼は出来たばかりのすすきの紐をライデンのところまで持ってゆき、神の耳元で今年もあれをと囁いた。
リュウの言葉に軽く頷いたライデンは椅子から立ち上がり、その場で軽く咳払いをした。すると食卓についていた僧たちが一斉にライデンへと視線を向ける。
「中秋節に」
ライデンが手にした紐は、さながら鎌首をもたげる蛇のごとく、握られていない方の端を天井に向かって上げ始めた。
「火龍ではないが、踊らせよう」
ライデンが紐から手を離すと、2本の紐は食卓の真上を目指して浮かび、ほとんど天井近くでひとつの輪になった。それから、互いの端と端を追いかけるように、ゆったりと右回りを始める。
続いてライデンは自分の人差し指の先に息をひと吹きし、紐を端から端までなぞるように空中で指先を動かすと、紐からパチパチと破裂音が聞こえはじめ、しばらくすると、紐は青白く光る二匹の龍の姿になった。
着席した僧たちが、驚きと興味をもって見上げるなか、龍は互いを追いかけるだけでなく、口から雷花を噴いて相手に浴びせかけ、戯れるように八の字に泳ぐなどして皆の目を楽しませた。
「――本来力はこのように使うものではないが」
「使わせたのは私の我侭ということにしてくだされば。ライデン様のお心に感謝します」
リュウの視線は、彼の席のすぐ隣に座る者へと向けられている。
「お前の思いつきは喜ばれたようだな。たいした兄想いだ」
「そう、でしょうか」
頭上で新たな雷花が弾け、リュウは眩しさに目を細めた。

2022.9.22.

(11)
十三夜の月が煌々と、おだやかな秋風のなかに輝いていた。

晴れてはいるがところどころ薄雲のかかる空で、月とそのすぐ側にある木星とが、気まぐれな雲に薄ぼんやりとさせられたりあるいは隠されたりしながら、各々が気にすることなく時を進めていた。
「師兄、あれを」
リュウが指差す先には月が。
「今月にかかり始めた雲が……あと少しで龍になる」
「……うん? どの辺がだ」
月の光で雲ははっきりしていたが、ラオの目には龍の形とうつらないらしく首を傾げている。無理もない、感性は人それぞれだ。リュウは口だけでの説明は難しいと判断し、ラオの背後にまわり彼の肩越しに右腕を夜空に向けてのばすと、再び月を指差しながら言った。
「月がある。右斜め上が鼻先で、その隣が額。月の周りのギザギザしたのは龍の歯で、ちょうど月を口にくわえているみたいだ。それから左にいったところの木星は龍の目。雲の隙間もぴったりだ」
リュウは説明にあわせて指先を移動させ、ラオが目で追いやすいように雲の輪郭をなぞった。
「なるほど龍に見えなくもない、しかし」
ラオは頭を後ろに少しだけ傾けてリュウの瞳を一瞥したのち「肝心の髭がない」と月に向かって顎をしゃくった。
「どちらかといえば鼻のよく尖った野豚のようだ」
自分の発見を別物に見立てられ、いまひとつ納得がいかない表情をしているリュウに向かって、ラオがさらに「こっちは鼻じゃなくて唇が尖ってるな」と余計なひとことを放ったために、彼はむっと膨れてしまった。
「どこが」
不機嫌な声で唸ったリュウは、ラオの背後から前へと素早く回り込み、彼の鼻に狙いを定めて親指で鼻柱をでぐいと押し上げた。
「いたっ」 
不意をつかれて驚くやら痛いやらのラオは鼻を手でおさえながらリュウに怖い顔をする。
「今のは師兄が先だった」
わざわざ火種をまいたのはラオの方で、そんな顔をされる謂れはないといわんばかりにリュウは腕組みをし、ふんと鼻を鳴らした。
「でも――確かに髭がないと龍にしてはしまりが無い。そこはラオが見つけたとおりで」
リュウは険しい表情をふとゆるめてラオに微笑みかけ、振り返りながら月を見上げた。

――つまらない争いの間に、今夜はもう確認のしようがなくなったことが悔やまれる。

2022.10.10.

(12)
秋をとらえて急に荒れはじめた口元が忌々しい。
「湿したところで治らんぞ。むしろ余計に悪くなる」
「……もう聞き飽きた」
唇の表面を守るために何もしていない訳ではない。自分は手入れをしても荒れやすいのだ。毎年の儘ならぬ状態に苛ついた私は、血色が良く艶もある師兄の唇を奪いにゆく。
「うつればいいのに」
絡れた舌と吐息の間に、独り言でかまわない不服を転がす。普段は口煩い師兄が、黙って私の唇を舐めたのは、そうなれば良いと少しでも思ってくれたからだろうか。

2022.11.2.

(13)
月のきれいな夜に
本当によいと思うのは
月の見かけだけ或いは 人の姿形だけでもない
この夜を美しいと感じ 時そして大気や光への共鳴
そのなかにわたしたちが共にあること
と師兄が言う
うっかり雑な一言を放ちそうな自分 ここはぐっと我慢して
私は師兄のように細やかでない でも何か
何か返したい
息をととのえてから正直に
今のはずっと覚えておきたい言葉だった
一緒に月を眺められて 良かった

冴え冴えと 丸くかがやく夜にしか生まれない 言葉たち
月のきれいな夜に

2022.11.12.