二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

白いからす

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
「俺たち結婚します
 私たち     。」
縁側で車椅子に乗ったまま夕焼けを見ていた私に、突然、孫とその孫と長くお付き合いをしている女性が縁側と繋がる和室にかしこまって座り、そう宣言した。
ついにこの時が来たのだな。私は嬉しさと恐ろしさがない交ぜになった気持ちを隠しながら、車椅子の向きを2人の方に向けて、深々と頭を下げる。
「鈴芽さん、草太を宜しくお願いします。」



結婚することを彼のお祖父様に告げてから、2日後の午後スマホにその彼のお祖父様から着信があった。画面ではあまり見ない「宗像 羊朗」という文字に私はドキリとして姿勢を正してから電話に出た。
「お祖父様、どうかされましたか?」
『鈴芽さん、突然すまない。実はお願いがあって電話したのだが、このことは草太には内緒にしておいて欲しい。そして、これはあなたにしか頼めないことなのだ。』
羊朗さんの頼みごとは、どうしても遠出をしたいところがあって、そこへ私に連れて行って貰いたいとのことだった。どうして草太さんには内緒なのか、そして、まだお互いに距離感を掴み切れていない私と何故2人きりで出掛けたいのかなど疑問はあったが、草太さんの唯一の肉親で、これから家族になる人からのお願いであったし、看護師をしているから私に頼んだのだと勝手に解釈をして、その話を受けた。



その日は朝から気持ち良いくらい晴れていた。
緊張なのか恐怖なのかほとんど眠れなかったが、私は障子を通して差し込む朝日を一瞥し、節々が痛む体を無理矢理布団から引き剥がし、杖をつき、やっとのことで洗面所に辿り着いた。鏡には、やつれた老人が映っている。「年老いたものだな。」私は自分の顔にそう呟く。でも、一時期に比べたら、ずっと体調は良い。病院のベッドで寝たきり生活をしていたあの日、東京の空が赤黒い雲に覆われていくのを見て、私は死を強く意識した。しかし、今は車椅子と杖が必要であるが、こうやって自分の家で生活出来ているだけで有り難いことだ。
いつもより念入りに身繕いをし、位牌が3基並ぶ仏壇に向かい、右腕がないので心の中でだが手を合わせる。これで全ての準備は整った。



草太さんに頼まれて食事の準備やお掃除で羊朗さんの家に1人で訪れたことは何度もあるが、今日は勝手が違う。私は少し緊張して呼び鈴を押した。
「おはようございます。鈴芽です。開けますね。」
預かっている鍵を使って玄関を開けると、三和土の先に羊朗さんが車椅子に乗って待っていた。普段から竹林のような静けさと凜とした空気を纏っている方なのだけど、今日はいつもよりしゃんとしててまるで歌舞伎役者のようだった。
「鈴芽さん。おはよう。今日は私の願いを聞き入れてくれてありがとう。」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。今日のお洋服はいつもと違うのですね。」
羊朗さんはダークグレーのセットアップの中に真っ白なマオカラーのシャツを着ていた。
「ああ、これは。着物にしようか悩んだのが、道中でなるべく鈴芽さんの負担にならないよう、あと、鈴芽さんが一緒にいて恥ずかしくないようお洒落したつもりなのだが、どうかね?」
「すごく格好いいです。」
羊朗さんが顔を緩ませる。孫の妻になる私と出掛けることを楽しみにしていたのかもしれない。
「それじゃあ行きましょうか?」
「宜しくお願いします。」

駅に着き、羊朗さんが予約していたチケットを受け取り、そこで私は初めてどこに行くのかを知るのだが、そこが意識的に意識しないようにしていたところだったので表情を固まらせてしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でも無いです。」
心配そうに車椅子から見上げる羊朗さんに私は嘘をついた。



鈴芽さんと駅員の方々のお力を借り、私は新幹線の中へと入った。
もう後戻りは出来ない。
予約していた席は車椅子用の座席で通常なら3人掛けのシートが通路側の席が1つ無く2人掛けのものになっていて、その空いたスペースに車椅子を固定出来、そのまま乗っていてもいいし、横並びにある2人掛けのシートに移ってもいいそうだ。
「私、初めて利用するんですけど便利ですね。」
鈴芽さんはそう言うと、一瞥しただけで勝手が分かったのか手際よく車椅子を床の器具にロックし、
「こちらの座席に移動しますね。」
私の体を抱くように持ち上げ、窓側の席に座らせてくれた。
通路側の方が動かす距離も短く、色々と楽であろうに、私が景色を楽しめるようこちらにしてくれたのだろう。本当に気の利く優しい子だ。
鈴芽さんが隣に座ったところで、新幹線が滑らかに発車する。

家では普通に話が出来ているつもりでも、こういった普段と違う環境だとまだ巧く会話が続かないものだな。20代前半の若い女性と共有出来る話題は孫の草太のこと以外で浮かばないが、苦手意識を持っていても仕方ない。それに、鈴芽さんに伝えられることはなるべく伝えておかないといけない。
「鈴芽さん。私達が最初に会った時のことを覚えているかね?」
「はい。お祖父様が入院されていた病室で…」
鈴芽さんはそこで言葉に詰る。当然の反応だ。あの時の私は本当に嫌な老人だった。
「ミミズで埋め尽くされる東京の空。もう駄目かと思った瞬間、赤い雲が霧散していく様を見て、何が起きたのか。直感的に草太が犠牲になったのだと私は悟ってしまった。閉じ師として何を成すべきなのか、草太の選択は間違ってないことは頭では分かっていたのに、自分の不甲斐なさを棚に上げ、重荷を背負った鈴芽さんに心ない態度を取り、酷い言葉を浴びせてしまった。謝って許されることでないのは分かっているが、本当に申し訳なかった。」
「えっ待ってください。顔を上げてください。確かにあの時の私は傷ついたかもしれませんが、お祖父様が何よりも草太さんを大事に思っていたからだとすぐに分かりましたし、もし、優しい言葉で慰められていたら私、前に進めなかったと思います。ですから全然大丈夫です。」
私は新幹線の車内であるのに手で目を抑えることしか出来なかった。
「それより、折角のチャンスなので草太さんが小さかった頃の話を聞かせてください。それも飛びっ切り恥ずかしいやつを。」

作品名:白いからす 作家名:aoi