人肌に勝るものなし
佐和山城の自室で書簡の整理を終えた島左近は、かじかんだ指先を擦り合わせた。
少し離れたところに置いていた火鉢ににじり寄り、火箸でまだ黒い炭を中央に転がして火力を上げる。
冬に片足を突っ込んだこの季節。
夜にもなれば、その冷気に手足はそこそこ堪える。
それにしても以前はこの程度なら火など焚かなかったはずだが、やはり歳には勝てないということだろうか。
じっと手炙りしていると、廊下から足音が聞こえてきた。
顔を上げると障子がすっと横にひらき、長身の男が顔を出す。
「いやァ、お湯までいただいちゃって、悪いねェ」
まったく悪びれた様子もなく、人好きのする笑顔を浮かべた柳生宗矩が肩に手拭いを引っ掛けて入ってきた。
外気が床を這うように流れ込んでくるだけで身震いしてしまうこちらなどお構いなしに、湯上がりでほくほくの宗矩はのんびり障子を閉めてどかりと腰を下ろす。
「あ、柳生さんは廊下の突き当たりの部屋ですよ。布団も準備してあるんで、好きに使ってください」
当然のように左近の部屋で落ち着こうとしている宗矩に、やんわりと釘を刺して部屋の方向を手で指し示す。
指の先を視線で追った男は、あからさまに肩を落とした。
「えぇー……島殿と一緒じゃないの?折角こんな時分にお邪魔したんだから、部屋の用意なんてしなくていいのに…」
「…本当にね。夜到着したんなら、城下で宿とって朝改めて顔を出すのが常識ですよ。大体、あんた何日かけてここまで来てるんです?大阪からそのまま戻れば良かったのに」
嫌味も込めて、何が折角ですか、と半眼で切り返す。
宗矩がここ佐和山に来たのは、日も沈んだ夜だった。
門番から報告を受けたときには何事かと城中が騒然としたが、当の来訪者はどこ吹く風で。
なんでも、家康から秀吉に宛てた書状を持って大阪に行き、秀吉から三成に宛てた書状を預かり佐和山まで来たとか。
三成は筆まめな性格であるため、すぐに返事をしたためたが時間も時間である。明日にはまた三成からの書状を秀吉に届けるため、大阪に発つという。
…おそらくそこまで織り込み済みで、日没後に訪れたであろうことは自明の解だ。
「それだけ島殿に会いたかったんだよォ」
「また適当なことを…。無関係な雑務を請け負うなんて、天下の大剣豪殿は暇を持て余しているとか噂が立ちますよ」
「うーん、間違ってはいないけど、ちょっと格好悪いかなァ」
苦笑しながら宗矩は大儀そうに立ち上がり、ふらりと部屋から出ていった。
話し途中で退室した相手の自由っぷりに呆れつつ、再び冷気に掻き混ぜられた部屋で身を縮こまらせる。
少しすると、宗矩が戻ってきた。
腕に布団一式を抱えて。
「……え。あの、」
「よいしょ」
「何しれっと敷いてんですか!」
「いやほら、拙者と島殿じゃあ布団ひと組にはまず収まらないでしょ?」
「わざわざ布団持ってきますっ?ふた組になったところで一緒に寝ませんから!戻してきて下さい」
何が悲しくてこんな大柄な男が二人、同じ部屋で布団を並べて仲良く眠らなくてはならないのか。
想像しただけで異様な光景だ。耐えられない。
全力で拒否すると、宗矩はこの世の終わりとばかりの表情を浮かべた。
火鉢にしがみ付いているこちらの背中に取り縋り、前後に大きく揺さぶってくる。
「危なっ!何考えてんですかあんた!」
「連れないこと言わないでよォ。寒いんでしょ?頑張ってあっためてあげるから」
「火ぃ入ってるんで!悪ふざけはっ…ーー、」
不意に肩を抱き込まれて後方に倒されると、厚い胸板に寄りかかる形になる。
上げようとした抗議の声は、覆われた唇に呑み込まれてしまった。
「…ん、……ぅ、」
強引に侵入してきた舌に上顎を擽ぐられ、舌を吸われると不本意ながらぞくぞくと甘い刺激が腹に抜けていく。
拳を握り込み、肘を後方の男の鳩尾目掛けて叩き込もうとしたが、舌の裏側をねっとりと舐め上げられた途端身体に弱い震えが走り、力が入らなくなってしまう。
「ッ……は、ぁ」
体格に見合った肉厚な舌を噛み切ってやろうかと己の舌を引っ込めると、こちらの殺意を感じ取ったのか宗矩は一度口を離した。
しかしそれで終わりではなくて、今度は下唇を戯れに啄むように吸ってくる。
ちゅ、ちゅと可愛らしい音を立てられ、身の置き場がない気恥ずかしさに襲われた。
逃げ出したくなる羞恥に耐えきれず、かといってがっちり固定された肩は囲いから抜けることができなかったため、相手の尻尾のような髪を思いきり引っ張ってやる。
「いててて」
ぐいーっと頭を引き剥がすと、抵抗なく素直に身体を離してくれた。
左近は手の甲でごしごしと口元を拭い、特に痛がってもいない様子の宗矩を横目で見遣る。
「本当にっ…あんたって人は…」
「いや危なかった。噛みちぎられるところだったよォ。」
宗矩は、雨に降られるところだったとでも言うように鷹揚に笑ってみせたかと思うと、ふとこちらの股間に視線を向け、満足そうに頷いた。
「ちゃんと勃ってくれたねェ。あーよかった」
「…やり方がねちっこいんですよ。放っておいてください」
「だーめ。久しぶりに島殿に会えたんだから、今宵は逃がしません」
普段はそこまで我を押し通す性格ではなかったはずだが、今回ばかりは目の色が違う。
逃げようにもここは自分の部屋だし、一応宗矩は客人として城に通されていることもあり、あまりぞんざいに扱うのも心象が悪い。
「…明日に響かない程度にしてくださいよ」
「承知」
短く返してくる男をとても信用する気にはなれないが、左近は観念して相手に身を委ねた。
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自分の荒い息遣いが、いやに耳につく。
布団の敷布に突っ伏して、尻を持ち上げた姿勢に感じる羞恥も最早持ち合わせてはいない。
そんな余裕は、とうに消え去ってしまった。
「ッ…ぁ、……はあっ」
ぐずぐずに解された後腔を掻き混ぜる肉棒が、弱いところを的確に突いてくる。
その度に下腹部には排泄感にも似た危険な快感が募り、堪らず左近は敷布をきつく握って奥歯を噛み締めた。
既に二度達した雄からは、薄くなった白濁が涎を垂らしている。
「……っ、絡みついてくるね、島殿…。」
不規則に痙攣する腹部を、節くれだった固く大きな手で優しく撫でられた。
それだけで敏感に官能を拾い上げ、喉が震えて吐息が揺れる。
「もしかして、後ろだけで……イけそうかい?」
掠れ気味の控えめな声が、耳朶を甘く叩く。
その直後に腹をさすっていた相手の指先が、濡れそぼった雄の鈴口を擽ってきて、溢れそうになった声を必死に押し殺した。
本当はすぐにでも出してしまいたいところだが、ここで言いなりになるのも癪に感じて。
三戦目に突入した身体は正直体力も限界だったが、なんとか二の腕越しに背後を振り返り、気力を掻き集め挑むように笑ってやった。
「…長旅で…疲れてるんじゃないですか?動きが悪くて、イくにイけませんよ…」
「……。」
宗矩は垂れ目がちな双眸を意外そうに見開いてから、口元に笑みを称えてすっと目を細めた。
凄絶な色気が滲み出る雄の顔をした相手と、視線が絡み合う。