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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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 ずいぶんと不器用なやさしさだ。煉獄は小さく微笑んだ。
 宇髄も同じようなことを考えているに違いない。じっと辞書を見ている端正な顔には、かすかな苦笑が浮かんでいた。
「義勇に君らのような友人ができたことは、この上ない天の配剤だろう。錆兎や真菰ではいたらぬことのほうが多いしな。義勇が立ち直れば、あの子らも報われる。だが、今の義勇の世界は、あまりにも狭い。君たちと付き合うことで、義勇の世界も広がっていくだろう。どうか……義勇をよろしく頼む」
 中学生の煉獄たちに向かい、老齢の鱗滝はためらいなく頭を下げる。居丈高さなど微塵もなく、心から中学生の煉獄や宇髄を頼りにしたいと、年配の鱗滝が礼を尽くしてくれる。それはそのまま義勇への情の表れであり、錆兎と真菰への労りなのだろう。
 煉獄は下げられたままの白髪頭を見つめ、居住まいを正した。
「どうか頭を上げてください、鱗滝さん。俺がどれだけ冨岡の力になれるのかはわかりません。ですが、俺はもう冨岡のことを友人だと思っています。冨岡にはまだ友人と認められていないかもしれませんが……級友としての責任や同情などではなく、そばにいられない錆兎や真菰の代わりではなく、もちろんあなたに頼まれたからでもなく! 俺自身が、名実ともに冨岡と友人になりたいと望んでいます! 冨岡に拒まれても諦めません!」
 そう宣言したのは煉獄なりの不退転の決意の表れだ。義勇がすぐ心を開いてくれるなど思い上がる気はないが、煉獄は心底そう思っている。
 鱗滝や錆兎と真菰が、ここまで心を砕く存在。炭治郎や禰豆子が心から慕い、なついている、義勇。
 そして、自分の目で見た冨岡義勇という男の素晴らしい剣と深いやさしさに、心惹かれるのはもう、自分でも止められそうにない。
 頼まれるまでもないと、煉獄は、鱗滝を見返す瞳に力を込めた。
 煉獄の宣言をどう思ったのか、隣で宇髄も面倒くさげな声を装いつつ「あいつらと関わるのは飽きねぇし、派手に面白いからな」とうそぶいた。
 きっとそれは、宇髄なりの宣言だろう。それを聞いた鱗滝は、今度は楽しげに笑った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 朝食を終えれば、午前の稽古だ。楽しみの前だと思えば、準備運動にさえ熱が入る。
 今日の稽古は初心者な炭治郎と禰豆子がいるからか、義勇と炭治郎達組、煉獄や錆兎達組にわかれての稽古になった。
「剣道は、礼に始まり礼に終わる。先生と神様に失礼のないよう、挨拶はちゃんとしろ」
「はいっ!」
 義勇に言われ、炭治郎と禰豆子がしかつめらしく神棚に礼をするのがおかしかった。きっと自分も、初めて道場で稽古をした日はあんな顔をしていたのだろう。思えば少し面映ゆい。
 道着や袴は親御さんの許可を得てからだ。普段着のまま稽古に臨んだ二人は、真剣に義勇の言葉に耳をかたむけ、元気に返事をしていた。初めての竹刀の重みに驚きつつ、懸命に義勇の注意を聞き逃すまいとする様は、経験者たちにとっては自分も通ってきた道だ。煉獄だけでなく、錆兎や真菰、宇髄の顔にも微笑みが浮かんでいた。
 八時から始まった稽古が終わったのは十一時半。初めての稽古に禰豆子はすっかりバテているが、炭治郎はまだまだ元気だ。瞳を輝かせて、錆兎たちと入る風呂の順番などを相談し合っている。
 稽古の終わり間際に戻ってきた宇髄も一緒に、みんなで軽く昼食をとるころには、禰豆子も元気を取り戻したようだ。これからお出かけというカンフル剤が効いているのかもしれないが、稽古についていける体力があるのはいいことだ。

 さて、いよいよ出発しようかと煉獄と宇髄が玄関を出ようとしたところで、錆兎と真菰がこっそりと手招きしてきた。義勇には内緒にしたいのだろう。義勇が炭治郎たちに話しかけられている隙を狙ったらしい二人に、煉獄は思わず宇髄と顔を見合わせた。
「あのな、繁華街の近くにある道は絶対に通らないでくれ」
「遠くても大通りを走ってほしいの。お願い!」
 真剣な様子の二人に、そろって首をかしげる。疑問を口にしたのは宇髄が先だった。
「大通りからだと十分は違っちまうぞ?」
「でも駄目だ! あの道は……あそこは、蔦子姉ちゃんが事故に遭ったとこなんだ」
「義勇はあそこに近づけないの。でも、二人が一緒だったら無理するかもしれない……お願い、義勇の心がまた迷子になっちゃわないように、あそこには近づかないで」
「前に一度だけ、カウンセリング帰りに乗ったタクシーがあそこを通ったら、そのあと一週間くらいはなに食べても全部吐いて、また少し入院したんだ……だから頼む! 義勇をあそこに近づけないでくれ」
 必死に言い募る錆兎と真菰に、煉獄は小さく息を呑んだ。
 義勇の姉の死因が交通事故だということは聞いていたが、それをリアルに捉えたのはもしかしたら初めてかもしれない。生々しさを伴って、錆兎と真菰の言葉が頭のなかに木霊する。
 身内の死を煉獄はまだ知らない。それがどんなにつらく悲しいものなのかは、想像するよりほかない。
 交通事故という言葉が示すものは理解ができても、実感を伴って心に迫ってきたのは、今この時が初めてだった。
 改めて煉獄はそれを深く胸に刻む。義勇を懸命に守り続けてきた、小さな保護者に敬意を表して。
 小さくうなずき、煉獄は強く言った。
「わかった。絶対に冨岡をそこには近づけない。剣に誓って約束しよう」
「ほかに注意しとくことはあるか? 今のうちに言っとけ」

 煉獄と宇髄の返事に、「あまり急がせないようにして」と答え、ホッと眉を開いた錆兎と真菰が炭治郎たちの元へと駆け寄っていく。それを煉獄とともに見送った宇髄がつぶやいた。
「ったく、派手に過保護なこった」
「俺たちもその過保護な保護者の一員になりそうではあるがな」
 うぇぇと顔をしかめてみせるが、宇髄の瞳も笑っている。

「さて、それじゃ俺らも行くかね」
「うむ! しかし、禰豆子たちと同じ風呂か……」
「おい、思い出させんな。意識する俺らが変態に思えてくんだろうが」

 思わず顔を見合わせ乾いた笑いを浮かべた煉獄と宇髄が近づいていくのを、自転車のハンドルを持った義勇がきょとんと見ていた。