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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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「私、スーパー銭湯って初めてなんだぁ。ね、宇髄さん、どんなところ?」
「前は古臭い健康ランドだったんだけどな、リニューアルでテーマパークみてぇになったらしいぜ?」
 ホラ、と宇髄が差し出したスマホをみんなで覗き込む。表示された公式サイトによると、風呂も種類豊富だしサウナや岩盤浴もあった。
「ラウンジで漫画や雑誌が読み放題だって。お風呂入るより、漫画を読む時間のほうが長い人もいそうだねぇ」
「へぇ、中庭にツリーハウスまであるのか。アスレチックみたいだな。遊んで汗かいたらすぐ風呂に入れるって、合理的だよな」
「うむ、かなり設備が充実しているようだな! レストランや休憩所もあるぞ、楽しみだ!」
 レストランで夕飯も食べてこい、連絡をくれれば迎えに行ってやるとの鱗滝に甘えることになったから、午後は夜まで子供達だけでの風呂三昧になりそうだ。
 正直、煉獄にしてみれば、禰豆子や真菰と一緒に風呂というのは、やっぱり気恥ずかしかった。煉獄家には母以外女性がいないから、女性の裸姿なんて煉獄には縁がない。いくら幼いとはいえ、家族でもない女の子の裸を見るなど、男としてどうなんだろう。喜んだり興奮する輩と同じにされては心外なことこの上ないが、無心になるには羞恥心が邪魔をしそうだ。
 だが、注意書きによると十歳以上から男女別とあるので、気にするほうが不純なのかもしれない。禰豆子や真菰もまったく気にしてないように見える。気持ちの問題なのでためらいはどうしてもあるけれども、二度も禰豆子を悲しませるわけにはいかないのだから、腹をくくるしかないようだ。


 そんなことを切れ切れに思い返しつつの朝食は、昨日と同じ並び順だ。禰豆子が「目玉焼きだぁ」と喜ぶ隣で、今朝も炭治郎が義勇にアーンする気満々なのが少しおかしい。
 炭治郎は昨夜の一件で少しばかり吹っ切れたようだ。ちょっぴり恥ずかしそうにではあるが、義勇にかける声には甘えが滲んでいる。
 対する義勇は相も変らず不愛想な無表情だが、炭治郎を見る目はやはりやさしく温かい。炭治郎に甘えられるのがうれしいのだろう。義勇の方こそ子供のように食べさせてもらっているのだから、傍目には甘えているのは義勇に見えるかもしれない。けれど煉獄には逆に見える。
 長男だという炭治郎は、煉獄と同じく甘えられることに慣れているようだ。甘えられ我儘を言われるのがなによりうれしく誇らしい。小さな体いっぱいに、そんな気持ちが溢れて見える。
 そんな炭治郎にしてみれば、義勇が自分の手から食事してくれるのは、とても喜ばしく名誉なことだろう。義勇はそれを承知で甘えてみせている気がした。甘えることで甘やかしている。義勇にとってそれは、錆兎や真菰に対しても同じに違いない。

『あの子たちが自分で決めたことだから、大人に都合のいい子供のままでいろとは言えんよ』

 昨夜聞かされた鱗滝の言葉が、不意に煉獄の脳裏によみがえった。少し寂しげに見える苦笑とともに、鱗滝はそう言っていた。
 宇髄と煉獄を呼び止めた鱗滝が、入館代や夕食代にと紙幣を出したのは、就寝のために道場に向かおうとしたときのことだった。

「いやっ、そんな気遣いは無用にいただきたい! 自分のぶんはちゃんと出します!」
「俺らもなんだかんだで派手に楽しみにしてるんで、気を遣わないでいいぜ、鱗滝さん」
 辞退しようとする二人に、鱗滝は莞爾(かんじ)と笑った。
「わしでは孫たちをどこかに連れ出してやることなどなかなかできんからな。連休にどこそこへ行ったと話す友達と自分らをくらべ、ふてくさるような子たちではないが、やはり不憫だとかねがね思っていたんだ。礼だと思って受け取ってくれ」
 重ねて言われ頭まで下げられては、頑として断るのもむずかしい。けっきょく受け取った二万円が今日の軍資金だ。
 そのまま少しだけ世間話をした流れで、宇髄が錆兎たちの大人びた言動について聞いたところ、鱗滝は少しだけしんみりと苦笑し、先の言葉を言ったのだった。
 そして見せてくれたのは、手ずれしてよれよれになった一冊の辞書だ。

「義勇の姉の事故までは、あの子らももっと子供らしかったのだがな。世間というのは口さがないものだ。子供ならわからんだろうと、あの子らの前でなんやかや言う輩もいたもんでなぁ」
 必死に大人たちの言葉を覚えてきては、そのたびこっそりと辞書で言葉の意味を調べていたのだと、鱗滝は言う。義勇への悪意を見逃さないように。義勇や鱗滝の前では善人面していても、陰でこそこそもらす本心を見逃さないように。二人は懸命に辞書を引いていたと聞いた。

「そのせいか変に語彙が増えてな。すっかり言動が大人びてしまった」
 苦笑する鱗滝は、少しだけ誇らしげながらも寂しくもあり、憤慨や申し訳なさも入り混じっているのか、複雑な顔をしていた。
 宇髄と一緒にめくってみた辞書にはいくつもの赤線が引かれている。
 遺産。業突張り。守銭奴。それらの言葉はきっと、鱗滝への揶揄(やゆ)ややっかみだったと想像するのはたやすい。身寄りのない義勇を引き取った鱗滝の思いやりを邪推し、薄汚い言葉を吐く輩がいたのだろう。辞書の赤線はそれを明確に示していた。
 気違い。障がい者。精神異常。少し震える赤線を引かれたそんな言葉で、義勇を蔑む者の一端には、すでに対峙したことがある。醜悪な言葉と下劣な嗤いは、思い出してもふつりと怒りが湧いてくる。

 まだ付き合いの浅い煉獄でさえこうなのだ。錆兎と真菰の怒りは如何ばかりだっただろう。赤線の震えから二人の怒りが立ち昇ってくるようだ。
 錆兎と真菰はこんな醜い言葉の意味を一つひとつ調べては、それを発した奴らを決して義勇たちに近づけまいと、気を配ってきたに違いない。
 小さな体とまだ幼い心で、それでも懸命に大人になろうとしてきた子供たち。誰に言われたわけでもなく、自らの意思で錆兎と真菰は大人への階段を駆け上る。
 子供のままでいい。まだ大人になんてならなくていい。そう言ってやるのはたやすい。
 けれどそれで二人の心が休まるのかといえば、きっとそんなことはない。二人が望んでいるのはお為ごなしな慰めなどではないのだ。慰められ、いなされたところで、義勇や鱗滝に向かう悪意や下劣な好奇心が消え失せるわけではないのだから。
 誰よりも好きだから、誰よりも大切だから、義勇や鱗滝を守るためにと二人は急いで大人になろうとする。錆兎と真菰が自分で考え、自分で決めたことだ。いくら二人が幼く小さかろうと、決意は大人のそれと変わらない。不憫だと身勝手に憐れみ、とやかく言う権利など、誰にもない。
 鱗滝や義勇にできたのは、二人の決意を尊重し受け入れて、見守ってやることだけだったのだろう。
 だからこそ義勇は、二人が自分を甘やかそうとする手を、素直に受け入れているのだと煉獄は思った。甘えてやることで、義勇なりに二人の心を守っているのだ。そしてそのやさしさは今、炭治郎にも向けられている。
 炭治郎が我儘をなかなか言えないのと同じように、義勇もきっと、我儘を軽々しく口に出せる質(たち)ではないのだろう。義勇は我儘の代わりに甘やかされることで、錆兎たちや炭治郎を甘やかしているのではないだろうか。