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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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 幸い、実弥が通うキメツ中学には拳闘部があり、実弥は早くもいくつかの大会で優勝もしている。高校のボクシング部からの勧誘もあるのだが、いくら奨学金を出すと言われても要は借金だ。借金してまで高校に進学する意義を実弥は見いだせなかった。
 ただでさえ、事故の際の実弥の入院や父の葬儀で借金はさらに嵩み、家計はいまだに火の車なのだ。母はせめて高校は卒業してほしいと思っているようだが、実弥の下には玄弥たち弟妹が六人もいる。実弥の学費にかける金があるなら、玄弥たちに遣ってほしいと実弥は思う。
 だから実弥は、そんな話は全部聞き流してきた。勧誘してきた高校の名前すら知らない。知る必要もないと思っている。

 何度かフロントとランドリールームを往復し、バスケットをあらかた運び終えると、少し休憩しなよとフロントにいた初老の従業員に声をかけられた。健康ランドだったころからの古参だから、実弥とも顔馴染みだ。実弥の傷を痛々しそうに見はするが、ほかのアルバイトたちと違って下世話な好奇心や怯えなどを表に出さないぶん心安い。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、ゆっくりしておいで」
 そう言ってまた来客に笑いかける従業員の背中にぺこりと頭を下げて、実弥はフロントを出ると、男性用の大浴場に続く廊下を歩きだした。
 休憩はありがたいが、さてどうするか。玄弥たちの様子を見に行くにしても、自分はあまり客の前に顔を出さないほうがいいだろう。従業員の休憩所にはできれば行きたくない。誰もいないか馴染みの従業員ばかりならいいけれど、アルバイトの女子大生などはあからさまに実弥に怯えるので、顔を合わせるのは億劫だ。
 あまり人の来ない裏庭のベンチで休めばいいかと、まずは大浴場入り口近くの給茶機に向かう。
 冷茶を淹れた紙コップ片手に裏庭へと向かった実弥は、そこにあった人影に眉をひそめた。

 濡れた黒髪をポニーテールに結んだ女の子が、ぽつんとベンチに座っている。背丈などからすると実弥と同じ中学生ぐらい。だがキメツ中学では見ない顔だ。

 男どもが放っておかないだろうと思うぐらいにはきれいな顔をしている。同じ学校なら話題になっていてもおかしくないが、転校して間もないとはいえこんなにきれいな子がいるなんて話は、まったく聞いたことがない。キメツ学園かキサツ中学の生徒なんだろうか。
 お仕着せの水色のウェアから伸びた手足も、うつむく項《うなじ》も、細く頼りない。上気した頬、少し伏せられた瞼と寄せられた眉、うっすら開かれた唇はかすかに震えている。
 具合が悪いのかもしれない。逆上《のぼ》せて外の空気を吸いにきたのだろうか。ほかに人は見当たらない。

 女は苦手だ。なにもせずとも実弥に怯えた視線を向ける。
 けれど。

「……逆上せたのかよォ」
 声をかけたのは、客だからだ。しかも、具合が悪そうな。
 自分は従業員ではないけれど、一応はここで働いているのだし、客が具合を悪くしていたら声をかけるのは当然だ。誰に対して言い訳をしているのか自分でもわからないまま、実弥はベンチに近づいて行った。
 ベンチの前に立つと、実弥の言葉が自分に向けられたものだとようやく気づいたのか、女の子がゆっくり顔を上げた。
 まっすぐに実弥をとらえた瞳は、澄んできらめく深い瑠璃色。苦しいのだろうか、その目は潤んでいる。女の子は実弥が間近に立っても声を上げるでもなく、表情も変わらない。逸らされることのない瞳からは、怯えて竦む様子は微塵も感じられなかった。
 なぜだかドキドキとしながら、実弥は手にしていた紙コップを女の子へと差し出した。
「……ほらよォ」
「……?」
 実弥を見上げたままこてりと首をかしげる仕草が幼い。髪の先から滴った雫が、細い首筋をつっと伝い落ちていくのになぜだか目を奪われ、鼓動が速まった。
「口はつけてねぇ。逆上せたんなら水分とらなきゃマズイだろうがァ」
 ぶっきらぼうな声になったのに意味などない。自分は愛想よしではないのだ。誰に対してもこんなものだ。
 女の子は動かない。首をかしげたままぼんやりと実弥を見ている。
 怯えているようには見えないが、やはり傷だらけの自分が怖いのだろうか。思った瞬間、ツキリと胸が痛んで、実弥は軽く眉を寄せた。

 やっぱり、女は苦手だ。

「オラッ、とっとと飲めェ!」
 グイッとさらに紙コップを突き出した実弥に、女の子は一つまばたきすると、ようやくゆるゆると手を伸ばした。その指先が紙コップに触れかけたそのとき。

「冨岡! こんなところにいたのか!」

 男の大きな声がして、白い指先が紙コップを受け取ることなく下がっていく。実弥を見つめていた瞳も、声がしたほうへと向けられてしまった。
「外としか言わなかっただろ。探したぞ」
 実弥は中三にしては体格がいいが、心配そうに近づいてくる男も実弥と大差がない。凛々しく整った顔立ちの男だ。このきれいな女の子と並べば、きっと誰の目にもお似合いに見えるだろう。同じお仕着せのウェアが、まるでペアルックみたいに見えた。

 なんだ、彼氏が一緒だったのか。
 ……って、なんで俺はがっかりしてんだァ!

 自分の感情の浮き沈みに苛立って、実弥は乱暴に女の子の手を取ると、無理矢理紙コップを握らせた。
「ちゃんと飲めよ! 水分とりながら入らねぇから逆上せんだァ!」
「これは君のだろう、いいのか? ありがたいが申し訳ないな」
 お茶を受け取ったのは女の子なのに、男のほうが実弥に声をかけるのが、なんだか癪《しゃく》に障る。俺の彼女がすまない、ってか? イラッとする自分にますます苛立って、実弥は答えず踵を返した。
「あ、おい! 俺の友人が本当にすまなかった! ありがとう!」
 大きな声で言われ、立ち去りかけた実弥の足がぴたりと止まる。

 友人? 友人って言ったか?

 つい振り返ってしまったら、紙コップを持った女の子は実弥を見つめ、無表情のままぺこりと頭を下げた。その後ろから、「おい、いたぞ!」と大きな声がして、大柄な男が女の子に近づいていく。バタバタと足音がして、男を追い越し小学生ぐらいの子供が何人か、女の子に走り寄るのが見えた。

 なんだ、デートじゃないのか。そうか。ガキも一緒か。けっこう大人数できてたんだな。ふーん。

 途端に浮上していく自分の機嫌に気づかぬまま、実弥はもう振り返らずに歩いた。
 なんだか足取りが軽くて、うつむくことなく上機嫌にさくさくと歩く。だから聞こえなかったのだ。子供たちが口々に呼ぶ女の子の名前など。


「あ、兄ちゃんいた! あのさ、母ちゃんがレストランの手伝いしてほしいって」
 玄弥が廊下の向こうから小走りにやってきたときには、実弥の機嫌は鼻歌だって出そうなくらいに上向いていた。
「おぅ、就也たちはどうした? まだ風呂かァ?」
「もう厨房に行ってるよ。みんなで玉ねぎの皮剥いてる」
 笑う玄弥に実弥も苦笑する。
「なんだァ? もっと遊んでりゃいいのによォ」
「もう十分遊んだよ。それにさ、兄ちゃんが一緒じゃないとつまんねぇよ」
「俺は仕事があんだからしかたねぇだろォ。明日は一緒に公園行ってやっから」