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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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 少しからかい交じりの宇髄の声に返事をする余裕は、まだ義勇にはないようだ。ハァハァと荒い息を吐いて、少しよろめき気味に歩いている。腕にはしっかりと炭治郎を抱いたままだ。
 炭治郎を降ろせばいいのに、とは、言わずにおく。たぶん、義勇の気力と体力をギリギリ保たせているのは、腕のなかの炭治郎だ。みんなそれを理解しているんだろう。宇髄や煉獄もいらぬ忠告をする気はないらしい。
 というよりも、さしもの煉獄と宇髄でも、軽口をつづけられるほどの余裕はないのかもしれない。ちらりと振り返った錆兎は、二人が肩で息しているのを見てとり、クスリと笑った。
 体力お化けのように見えても、さすがにこの追いかけっこは宇髄たちにも堪えているようだ。
 なんとはなし安心している自分に気づいて、思わず小さな咳ばらいをひとつ。

 定期的に間引きしているから、竹林には適度な陽光が差し込み、地面にはやわらかな下草が生えている。真竹の林だからタケノコが顔を出すには少しばかり早い。義勇がここへきても平気になったら、炭治郎と禰豆子をタケノコ掘りに誘ってみようかな。炭治郎たちは地面から生えているタケノコなんて見たことがないだろう。きっと喜ぶに違いない。そんなことを考えながら錆兎は下草を踏みしめ歩く。いくらも行かぬうちに、眩しい陽射しが一行を照らした。
 開《ひら》けたそこは、竹の壁に囲まれた中庭めいている。陽射しは当たるが、風通りはよく、竹に囲まれているせいもあってか夏場でも涼しい場所だ。
 真夏にはここにシートを敷いて、三人で昼寝した。鬼ごっこやかくれんぼして遊びまくった懐かしい記憶。竹の香りに混じる蚊取り線香の匂いと、そろそろ起きなさいと笑う蔦子姉さんのやさしい声。全部、全部、覚えている。
「ここならあいつらもわからないだろ」
 振り返り一同を見まわした錆兎の声と、ガラの悪い怒鳴り声が重なった。やつらがまだ一行を探しているのは明白だ。本当にしつこいったらありゃしない。だが、そろそろ鬼ごっこも攻守交代の頃合いだ。今度の鬼はきっと警察官。やつらが追いかけ回されて逃げ惑うさまを見物できないのがちょっぴり残念だ。
 罵声は止まることなく遠ざかっていく。道に面した竹は一見すると密集して見えるから、まさか奥に入り込んでいるとは思いもしないだろう。
 全員無意識に息を殺していたのか、声が聞えなくなった途端に気が緩み、誰かがはぁぁっと深く息を吐いた。
 緊張の糸がプツリと切れたのか、義勇が、つづいて煉獄と宇髄が、地面にへたり込んだ。
「あー……しばらく動きたくねぇ」
「情けないが同感だ。いや、いい鍛錬にはなったが」
 げんなりと言いながらなにやらスマホをいじりだす宇髄と、やせ我慢でもなく本気で言ってそうな煉獄に、真菰と顔を見あわせた錆兎は、思わず肩をすくめた。やっぱりこいつらは体力おばけだ。自分だって大きくなれば二人にも負ける気はないし、義勇も元気さえ取り戻せば煉獄たちと同じくらいタフに決まっているけど。

「義勇さん、大丈夫ですか!? 俺、ずっと抱っこしてもらっちゃって……重かったですよね、ごめんなさいっ!」
 明らかに疲労困憊、青息吐息な義勇に、炭治郎が泣きだしそうにすがっている。義勇はといえば、安心させる言葉すら口にできる状況じゃないんだろう。座っているだけですらつらいに違いない。今の義勇は掛かり稽古すらできずにいるぐらいだ。以前に比べ、かなり体力が低下している。だというのに、大立ち回りを演じた挙句、炭治郎を抱えてそれなりの距離を全力疾走したのだ。それこそ倒れたっておかしくない。義勇をギリギリで支えているものは、炭治郎を守り抜くという使命感と根性だけだろう。
 場合によってはじいちゃんに車で迎えにきてもらわなきゃならないかもな。焦燥と不安を抑え込みつつ、錆兎はその場に腰をおろした。
 昨日までなら、いや、事故現場をとおる前までならば、錆兎も炭治郎と一緒になって義勇に取りすがるようにして案じただろう。けれど、それじゃきっと駄目なのだ。

『冨岡が決めたんだろうがっ! 甘やかしてんじゃねぇ!!』

 宇髄の怒鳴り声が耳によみがえる。どんなに大人ぶっても、自分はまだ、幼い子供でしかないのだと思い知る一言だった。
 甘やかして、なにものからも守っているつもりでいた。思い上がりだとすら気づかずに、義勇の決意を踏みにじるところだった。そんな自分の未熟さが、胸に痛い。
 そうだ。義勇は小さな子供じゃない。どんなに頼りなくやせ細ってしまっても、義勇は……錆兎の弟弟子は、立派な剣士で、男なのだ。
 だから、ほら。義勇は震える手で、荒い息を吐き汗まみれの顔で、それでも炭治郎をやさしくなでてどうにか笑ってみせている。安心しろと言い聞かせるみたいに。大事なものを守り抜いた男の顔で。炭治郎の、ヒーローとして。
 わかっているようで、なにもわかっちゃいなかった。苦い悔恨を錆兎は噛みしめる。すとんと傍らに腰をおろした真菰が、小さく笑った。
 その顔はどこか泣き笑いめいていて、真菰も錆兎と同じ痛みを抱えていることが知れた。
 ふと、小さな忍び笑いが聞えた。ククッと肩を震わせて宇髄が笑っている。と、煉獄の背も震えだした。堪えきれぬ忍び笑いはだんだん大きくなっていき、真菰と目を見あわせた錆兎の顔も、知らず頬が緩みだし唇が笑んだ。

 後悔してる。反省もしてる。でも、今は。今だけは。

「――ッシャア!! 派手に逃げ切り成功、俺らの勝ちだ、オラァ!」
 とうとう笑い交じりに咆哮し拳を突き上げた宇髄につづき、錆兎も真菰と一緒に高く拳を突き上げた。そして吼える。大きく声を張り上げて勝ち鬨《どき》を響かせる。
「オォ――ッ!!」
 そうだ。今は素直に喜んでしまえ。勝利を。義勇の新たな一歩を。それは今この瞬間にしかできないんだから。
 パァッと顔をかがやかせた炭治郎と禰豆子も、そろって「おーっ!」と拳をあげた。込み上げてくるうれしさのまま、パンッと真菰と両手をたたき合わせれば、禰豆子と炭治郎も笑いながら両手を差しだしてくるから、ハイタッチしあう。なんだかもう、とにかく笑いたい。
 見れば、義勇もうつむいたまま小さく拳をにぎりしめていた。ささやかで控えめなガッツポーズ。あぁ、本当に、どうしようもなく今はただ、それがうれしい。
 宇髄と煉獄も、義勇の小さな勝利宣言に気づいたのだろう。二人して顔を見あわせると、ズイッと身を乗り出し義勇に笑いかけた。

「冨岡っ!」
「おらっ、手ぇ上げろ!」

 掲げられた二人の手のひらを見上げる義勇の瞳が揺れた。おずおずと震えながら上げられた義勇の手が、二人に叩かれパァンッと音高く鳴る。義勇は信じられないものを見るようなどこか呆然とした顔で、二人とハイタッチした自分の手を見ていた。
 戸惑ってる。その戸惑いが、錆兎には少し悲しくて、でも、心の底からうれしい。
 蔦子の死をすべて自分の責任だと思い込んでいる義勇は、自分を価値のないものだとみなしている。それを承知していてなお、錆兎も真菰も、正してやることはできなかった。いくらそんなことはないと言い募っても、義勇にしてみれば慰めとしか受け止められないんだろう。もはや家族同然の錆兎たちでは、駄目だった。