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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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 爺ちゃんは、やっぱり正しい。
 鱗滝が言ったとおりだ。今の義勇に必要なのは、新しい出会いと信頼しあえる友人だ。贔屓目など持ち得ない他人からの好意の積み重ねこそが、義勇には必要だったんだろう。最初に与えてくれたのは炭治郎だけれど、それだけじゃ足りなかった。だって炭治郎からすれば、義勇はヒーローだ。対等じゃない。この先はわからないけれども、今はまだ。
 義勇。もう認めろよ。胸の奥で錆兎は語りかける。
 杏寿郎と天元はいいやつだ。おまえのこと、ちゃんと友達だと思ってるって、もうわかるだろ? 信じられるだろ? この二人なら大丈夫、もう認めちまえ。

 それでも、相棒の座はわたさないけどなっ。

 くふんと隣で笑う真菰には、密かな錆兎の宣言などお見通しなのだろう。ちょっと照れくさくなってコホンと咳払いした錆兎の耳が、かすれ声の呟きを拾った。
「どうして……」
「あぁん? 勝利を喜ぶのに理由がいるかよ」
 宇髄に向かってふるふると小さく首を振る義勇は、なんだか泣きだしそうにすら見える。
「なにも……返せない」
 困惑する義勇を見つめ、馬鹿だなぁと、錆兎は思わず眉尻を下げた。貸し借りじゃないだろう、友情は。
 煉獄も錆兎と似たような感慨をいだいているのだろうか。眉根を寄せ少々険しくも見える顔つきで、なんと言ったものか考えているようだ。
「……不死川にならうわけじゃねぇが、なにも貸してなんざいねぇよ。返す必要なんてありゃしねぇ。感謝もしなくていい。こりゃあ俺のエゴだ」
 常になく静かな宇髄の声に気づいたのか、キャッキャとはしゃいでいた炭治郎と禰豆子が、少し不安そうに黙りこんだ。
 じっと見つめる義勇のまなざしに、宇髄が、はぁっと大きくため息をつき頭をかく。
「ったく、話す気はなかったのによ。まぁ、なんだ。俺にとっちゃ冨岡をかまうのは、昔のツケを払ってるみたいなもんだ。ガキのころにはできなかったことを、おまえでさせてもらってんだよ。感謝される筋合いなんてねぇんだ」

 ――弟がいるんだ。

 少し黙り込んだあと、ポツリと宇髄は言った。いつでも飄々とした態度を崩さない宇髄らしからぬ、小さな小さな声だった。
「親父の操り人形みたいなやつでな……感情なんてどっかに置き忘れた顔で、傲慢な親父の意のままに動くロボットみたいでよ。今じゃまるっきり親父のコピーだ。けど、最初からそんなだったわけじゃねぇ。禰豆子ぐらいのときには兄ちゃんって……俺に笑ってくれてたんだ。けど……助けてやれなかった。変わってくあいつを、俺は見て見ぬ振りした。親父そっくりで反吐が出るなんて、蔑んでもいた。なにもしてやらずに見捨てたくせにな。……似てると思ったんだよ。最初に、なんにも映してねぇおまえの目を見たとき」
 ピクリと義勇の肩が揺れた。咄嗟に湧き上がった宇髄に食ってかかりたい衝動を、錆兎は懸命にこらえる。グッと錆兎の手を握りしめてきた真菰の手が、小さく震えていた。
 錆兎を止めたんじゃない。真菰も錆兎にすがることで、詰め寄りそうな自分を抑えているんだろう。わかるから、錆兎は黙って真菰に肩を寄せ、手を取り握りかえした。
「あいつと同じだって言ってるわけじゃねぇ、誤解すんなよ? ……って言っても、無理だわな。でも、マジでおまえは違うってすぐに思ったんだぜ? あいつは自分の意思で感情を捨てたうえ、まったく不満なんてもっちゃいねぇけど、冨岡はそうじゃないってわかったからな。とくに、教室で授業受けるようになってからは、さ。変わろうとしてんのが、ちゃんとわかんだよ。頑張ってんのがな」
 そう言って宇髄が浮かべた笑みには、自嘲の色が濃い。それでも、紫紺の瞳には慈しむようなやわらかさがあった。握りあう錆兎と真菰の手に力がこもる。
「……やり直せるって、思ったんだ。もしあのころ俺がはやばやと諦めなけりゃ、あいつも冨岡みたいに昔の自分を取り戻せたんじゃねぇかって……たぶん俺は、心のどっかで後悔してたんだろうな。今度は諦めんのはやめよう、今度こそ派手に取り戻させてやろうじゃねぇかって、そう思った。おまえをかまって、おまえのために動くのは、全部、俺の都合でしかねぇ。だから、おまえはむしろ怒っていい。勝手に弟の身代わりにすんなって、俺に怒っていいんだ。それでも俺ぁ、やめる気はねぇけどな。おまえが怒って俺を嫌っても望むところだ。そんぐらい自分の感情をむき出しにしてくれりゃ、俺はそれで救われる。……ただのエゴだ。感謝する必要なんざどこにもねぇよ。恩を返すなんて言われたら、かえって立つ瀬がねぇや。勘弁しろっての」
 大きな宇髄の手のひらが、そっと義勇の頭に触れた。グシャグシャとかき乱しているだけみたいないささか雑な撫で方になったのは、宇髄なりの照れ隠しだろうか。
 エゴだと宇髄は言う。怒っても嫌ってもいいと言う。それは、見返りを求めぬ友情と、なにが違うというんだろう。宇髄は誰よりも大人びていると思っていたけれど、中学生のガキには違いないんだなと、錆兎は胸のなかで独り言ちた。顔にはわれ知らず苦笑が浮かぶ。
 なんでも器用にこなすように見える宇髄も、好意のあらわしかたは存外不器用だ。おまえが気に入っているからだと、素直に言ってしまえばいいものを。
「嫌うわけ、ない」
 宇髄の手を払うことなくなでられていた義勇が返した言葉に、うん? と宇髄の首がかしげられた。
「……宇髄が、勝手に俺のために動くなら、俺も、勝手に宇髄に感謝する」
 これでおあいこだ。言って義勇は、子供っぽくムフフと笑った。まるっきり想定外の返しだったんだろう。ぽかんとした宇髄に、錆兎は唇を引き結び、吹き出すのをどうにかこらえた。
 まだまだわかってないな。義勇がそんなことぐらいで手助けしてくれたやつを嫌うもんか。胸にこみ上げるのは優越感か、はたまた呆れか。いずれにしてもひどく愉快な気持ちになっているのは否定できない。

「俺も、宇髄さんにはありがとうございますって言いたいです! えっと、宇髄さんのお話はむずかしくってよくわかんなかったけど……でも俺、宇髄さんがいい人なのは知ってます! 義勇さんのこと助けてくれて、ありがとうございます!」
「禰豆子も! 禰豆子も宇髄さんいい人だから好きっ。ありがとう宇髄さん!」
 炭治郎に真剣な顔で詰め寄られたうえ、ギュッと抱きついてきた禰豆子から無邪気に笑いかけられて、宇髄はめずらしくうろたえていた。目を白黒させて視線が泳ぐ宇髄を見るのは、本日二度目だ。
 とうとうこらえきれずに錆兎が噴き出したのは、真菰と同時だった。
「宇髄さんの負け。そんな小難しい理屈こねまわして、悪ぶったって無駄だよぉ」
「義勇たちは、ひねくれもんの天元の理解の範疇を越えて素直だからな。本当は単純に義勇が気に入ってるからだって、素直に言ったほうがいいぞ、天元。ま、俺もおまえが気に入ってるけどな」
 ニンマリ笑って言ってやれば、宇髄はあんぐりと口を開け、ついで眉尻をさげると困り顔めいた笑みを浮かべた。それは少しばかりの切なさを含んでいたけれど、偽りなくやさしい笑みだった。