汚れない特別訓練
日付の変わる頃に任務を終えた煉獄杏寿郎は、夜中に宿をとるのも憚られて一番近くの藤の花の家紋の家まで足を伸ばした。
どこの家も寝静まっている時分だというのに、嫌な顔ひとつせずに風呂や食事の支度まで配慮が行き届いている。
湯上がりに準備された藤色の着流に袖を通し、快く迎えてくれることに煉獄は深く感謝の意を示した。
「本当に、皆さんには頭が下がります」
「とんでもございません。柱の方に来ていただけるなんて光栄です。隊服はお洗濯しておきましょうね。どうぞ、お召し上がりください」
「有り難く、いただきます!」
折り目正しく、正座で両手を合わせてから箸を手にする煉獄に、にこやかな微笑を浮かべて老婆は頭を下げて退室した。
煉獄がしばらく「うまい」を挟みながら食事を進めていると、不意に廊下に続く障子が開き、同じ藤色の着流を身に纏った美丈夫が顔を出す。
「よう、煉獄。声がしたからいると思ったぜ」
「宇髄!一瞬誰だか分からなかったぞ!」
見慣れた隊服姿でないだけで印象も変わるが、額当てを外していると本当に別人だ。湯上がりだからか、左目の化粧も今はなかった。
宇髄天元は部屋に入ってくるなりこちらの膳の向かいに胡座をかいて座り、自分の部屋のように寛いだ。
ちゃっかり酒まで持参しており、手酌でお猪口に注ぐ。
「煉獄が藤の家寄るなんて珍しいな。任務がすぐ近くだったのか?」
「いや。昨日の雨で、足元が大分ぬかるんでいてな。討伐中に泥を被ってしまい、家に帰るに帰れなくなってしまった」
「まじか。俺と一緒。あんまし汚ねえと嫁にどやされるんだよ」
「俺も千寿郎に苦言を呈されたことがある」
「やってもらう側は言い返せねえよな」
「まったくだ」
顔を見合わせて、苦笑を交わし合う。
柱同士が同じ場所に居合わせるような偶然は、柱合会議を除けばほとんどない。
九名が各地に散らばり、鬼の動向に目を光らせているのだから当然といえば当然だが。
滅多にないことが嬉しくて、食事を早々に済ませるとお猪口をもうひとつ頼みふたりで酒を酌み交わした。
しばらく他愛のない会話をしながら飲んでいると、廊下から老婆の声がかかり二人分の布団が敷かれる。
途端、宇髄はお猪口を置いてにこりとこちらに笑いかけてきた。
「よし。そんじゃ煉獄、また特訓しとくか」
「……ここでか?」
さすがに眉間に力が入ってしまう。
宇髄が言うところの特訓というのは、平たく言えば如何わしい行為のことである。
周囲から言い寄られることの多い煉獄を庇うため、表向きは恋仲と称して彼は恋人役を演じてくれていた。
名ばかりでは噂に留まりそれらしく見えないということから、身体の距離を詰めていくことになったのだった。
とはいえ、人様の家でそのような行為は正直どうかと思う。
言外にそう伝えると、宇髄は緩やかに首を振る。
「逆だ。周りに気配があってこそ練習になる。見せつけてやらなきゃ意味がねえからな」
「そ、そこまでしなくてもいいのでは…?」
「いーからこの神に任せておけって!要は汚さなけりゃいいんだろ?」
強気に言ってのけると、こちらの手から酒を奪い卓上に置き、布団の上に移動する宇髄。
ばしばしと布団を叩かれてここに来いという合図に渋々従い、膝を擦って宇髄の向かいに座りなおした。
「いいか煉獄。汚さないようにってのは別に難しくもねえ。俺が手本を見せてやる」
言うが早いか、宇髄はこちらの帯を遠慮なく外しながら当然のように唇を重ねてくる。
濃厚なものではなく、戯れのような啄む口付け。
時折り下唇に歯を立てられ、鼻から甘い吐息が抜けてしまう。
気づけば相手の手により肩から着物の襟は滑り落ち、胸から脇腹、下腹部をもどかしい強さで撫でられていて。
「う、宇髄…こそばゆい。触れるならもっと、しっかり触れてくれ」
顔を逸らし、宇髄の手首を軽く捕まえて気恥ずかしさを抑えつつ小声で伝えると、睦事に長けた色男はくすりと笑った。
「しっかりってのは……こういう感じか?」
捕まえられた手を振りほどくことなく、宇髄は上体を屈めると肉厚な舌でこちらの腹筋をべろりと舐め上げる。
まさか肌を舐めてくるなど予想しておらず、信じられない光景に身じろぎすら出来ずに固まってしまう。
「な、に……して…」
どうにか声を絞り出すが、続け様に舐めてくる舌が下腹部に伸びると、ぞくりと危うい震えが全身を走り抜けていく。
唾液を塗りたくってきたかと思えば皮膚ごと吸い上げられ、ちろちろと舌先だけで擽るような動きから、線を引くように辿る動き。
銀の髪がさらりと肌に落ちるたびに、きゅっと腹に力が入ってしまう。
あの宇髄が、という視覚の情報も相まって、思考も感覚も翻弄されっぱなしだ。
いつの間にか手首を捉えていたはずの手は空っぽになっており、着物の裾を割られて大腿部を彼の手が這っていた。
「う、宇髄っ…、少し待ってくれ…!」
着実に付け根へと近づいていくその手に、頭の中はぐるぐると混乱を極める。
制止の言葉に宇髄は一度視線を上げたが、その瞳には見紛うはずもない雄の炎がちらついていて。
彼はすぐに目を伏せ、あろうことか褌を口で解きはじめた。
「っーー」
さすがに絶句する。
しかし、明確な拒否の態度がどうしてもとれなかった。
唇が肌に触れるだけで、電気でも流されたかのように甘く痺れる。
直接触られてもいない逸物は、既に後戻りできないほど勃ち上がっており、薄い布が取り払われて空気に晒されると健気に震えた。
直後、信じられないことにぱくりと逸物がまるまる、口腔内に収められてしまった。
言葉にならない衝撃とともに襲いかかってきたのは、抗いようもない快感。
舌が陰茎を這い、上顎に先端を擦り付けられると、手でされるのとはまったく違う暴力的な官能が脳髄を刺激した。
「く……ぅ、」
歯を食いしばって漏れそうになる声を抑える。
意思に反して勝手に身体が震えてしまう。
口を窄ませ、宇髄が頭を動かして口腔内全体で扱いてくる。
喉の奥で締められ、舌が皮の薄い裏筋を擦った。
「はあっ…、うず…ぃ」
じゅぷじゅぷといやらしい音に耳を覆いたくなる。
助けを請うように名を呼んでも、彼の動きに手心が加わる気配はない。
気持ちいい…
気持ちが良すぎて、気をやってしまいそうになる。
一歩間違えれば宇髄の口に欲を吐き出してしまうかもしれない。
どくどくと激しく脈打つ己の心臓の音が煩かった。
水音をたてて口が離れたかと思えば、今度は固い手のひらに包まれる。
反対の手で双球を揉み込まれながら扱かれると、変化した刺激に射精感が急速に増していく。